青年の頭をガーンと、どやしつけた。
青年は痛そうな顔一つしない。
が、彼はたちまち恐怖の色を浮べて喚《わめ》きだした。
「おお憎《にく》むべき幻影《げんえい》よ。わが前より消えてなくなれ。消えてなくなれ!」
彼は両眼《りょうがん》をカッと見開き、この一見意味のない台辞《せりふ》を嘔《は》きちらしていたが軈《やが》てブルブルと身震《みぶる》いをすると、パッと身を飜《ひるがえ》して駈け出した。
「それッ、逃がすな!」
と叫んだ帆村の声は、いつの間にか普段《ふだん》の、あの胸のすくような名調子に変っていた。
「よオし、掴《つかま》えてやる!」
と私は呶鳴《どな》った。
(これは冗談ごとではなくて、なにか事件かもしれない)私の酔いは、やっと醒《さ》めかかった。
私は兵士のように身を挺《てい》して、怪青年の背後に追いすがった。右の肘《ひじ》をウンと伸すと、運よく彼の肩口に手が触れた。勇躍《ゆうやく》。
「ヤッ!」
と飛びかかった。
「無念!」
ひっぱずされて(酒精《アルコール》の祟《たた》りもあって)身体が宙にクルリと一回転した揚句《あげく》、イヤというほど腰骨《こしぼね》をうち
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