曽我貞一《そがていいち》です。神田仁太郎《かんだにたろう》を連れてあがりました」
「曽我貞一に、神田仁太郎? そんな名は知らぬぞ」
男はそのとき何やら早口に云ったのだが、なにか外国語のようでもあり、なんの意味か判らなかった。しかし大竹女史は、喜びの表情をあらわして、答えた。
「わかった。なるほど曽我と神田か」と云ったが、そのあとで急に顔を顰《しか》めて、「わしは胸が苦しくてならん」と云った。
「それは先生」曽我貞一と名乗る男は一寸《ちょっと》云い淀《よど》んだが、「先生は御臨終《ごりんじゅう》の苦しみを続けていらっしゃるのです。目をお醒《さ》ましなさい」
「なに臨終だァ? 莫迦《ばか》をいいなさい生きているものを掴《つかま》えて、臨終とは何ごとかッ」大竹女史は、男のような険《けわ》しい顔付をして叫んだ。
「先生は、もう疾《と》くの昔に死の世界にゆかれました。もう三年も前に亡《な》くなられたのです」
「わしが死んだ? 死んだものが、お前の顔を見たり、こうやってベラベラ喋《しゃべ》られるかい。ハッハッハッ」女史は、目を瞑《と》じたまま後へ反《そ》りかえって笑った。隣の老人が駭《おどろ》い
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