うことを教えられている」
「それで何をしようというのだい」
「明日から当分、午前九時から午後一時まで、君はこの事務所へきて、僕の代りに留守番をしていてくれたまえ」
「それで君は?」
帆村はそれに答えず、煙草に火をつけると、パッパッとうまそうに吸った。
「君はカフェ・ドラゴンの女給がだいぶん、気に入ったようだったネ」帆村は、人の悪そうな笑《わらい》をうかべて、私を揶揄《からか》った。
「ああ、マリ子のことかい」私は、しらばっくれて、云ってやった。「あの子は、この事件に無関係だと思うがネ」
「マリ子のことは、そっとして置いて」と帆村は急に顔面をこわばらせて云った。「あの古煉瓦建《ふるれんがだて》のカフェ・ドラゴンだが今朝起きぬけに、あの濠向うの仁寿《じんじゅ》ビルの屋上へ、測量器械を立てて、望遠鏡で測ってきた」
「ほほう」私は彼の手廻しのよいのに駭《おどろ》かされた。
「だが遺憾《いかん》ながら、昨夜|目測《もくそく》した室の面積に、煉瓦壁《れんがへき》の厚さを加えただけの数値しか、出てこなかった。つまり、隠し部屋があるだろうと思ったが、間違いだった」
私は感歎《かんたん》のあまり、黙って頷《うなず》いた。
「その代り、すばらしい拾いものをした」
「む、なにを拾ったネ」
「カフェ・ドラゴンと、泥船《どろぶね》が沢山|舫《もや》っているお濠との間に、脊の高い日本風の家がある。ところがこの家の二階の屋根にすこし膨《ふく》れたところがある。鳥渡《ちょっと》見《み》たくらいでは別に気がつかないほどの膨らみだ。トランシットでビルディングの上から仔細《しさい》に観察してみると、その膨れた屋根は隣のカフェの煉瓦壁《れんがへき》のところで止っている。僕の眼は、煉瓦壁の上をスルスル匍《は》ってカフェ・ドラゴンの屋根に登っていった。すると其処《そこ》に、大きな煉瓦積の煙突《えんとつ》があるのだ。ところがこの煙突の根元へ焦点《しょうてん》を合《あ》わせてみて判ったことだが、灰色のモルタルの色で、この煙突だけは、つい最近出来たものだということが判った。これは面白いことだ。あの二階家《にかいや》を建てたためにあの煙突ができたと考えることはどうだろう。その次には、二階家につける筈《はず》の煙突を、どうしてとなりにつけたのかと考えてはどうであろうか。さらにもう一つ、日本建の二階家になぜ煙突が入用
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