だ一人、熊本博士は吹矢に融通した「生ける腸《はらわた》」のことをときおり思いだした。実はあの腸《はらわた》はどの囚人のものでもなかったのである。
「生ける腸《はらわた》」はいったい誰の腹腔から取り出したものであろうか。
それは○○刑務病院につとめていた二十四歳の処女である交換手のものであった。彼女は盲腸炎で亡くなったが、そのとき執刀したのは熊本博士であったといえば、あとは説明しないでもいいだろう。
処女の腹腔から切り放された「生きている腸《はらわた》」が医学生吹矢の首にまきついて、彼を殺したことは、彼の死をひそかに喜んでいる熊本博士もしらない。
いわんや「生ける腸《はらわた》」のチコが、吹矢と同棲百二十日におよび、彼に非常なる愛着をもっていたこと、そして八日目にかえってきた彼の声を開き、嬉しさのあまり吹矢の首にとびつき、不幸にも彼を締め殺してしまった顛末などは、想像もしていないだろう。
あの「生きている腸《はらわた》」が、まさかそういう女性の腸《はらわた》とは気がつかなかった医学生吹矢隆二こそ、実に気の毒なことをしたものである。
底本:「十八時の音楽浴」早川文庫、早川書房
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