つと手を額の方に伸ばした。そのとたんであった。彼女の背後にえへんと大きな咳払いが聞えた。
(失敗《しま》った!)と思ったが、もう遅い。あの咳払いは、旦那様だ。
意外なる収穫《しゅうかく》
「ギンヤ、そこでなにをしているのじゃ」
「はい。この額がすこし曲って居りますので」
「なに、曲っていたか。はっはっはっ、曲っていてもいい。そのままにしておけ」
「でも、すぐでございますから」
「いや、手をふれることならん。すこしの曲りを直すつもりで、とたんに下に落されて、額がめちゃめちゃに壊れてしまっては大損じゃからな。わしはもういい加減《かげん》懲《こ》りとるでな」
「どうもすみません」
「なあに、謝まらんでもいい、壊されるのには懲りていながら、あんたに居てもらうというは、そこにソノ……」といっているとき、廊下の向うから、呼ぶ声がしたので、光枝は毒蛇《どくじゃ》の顎《あぎと》をのがれる心地《ここち》して、旦那様の前を退《さが》った。
それから暫《しばら》くして、光枝は、菊の花を一杯生けこんだ大花瓶をもって現れた。そしてそれを本棚の上にそっと置いた。そして電気をつけた。
旦那様は、安
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