敷《し》いてあったが、それは小さくて、本棚の下は煉瓦《れんが》だけがむき出しになっていた。
「あれえ――」光枝は、大花瓶を手から離すときに、もっともらしい声をかけておいた。それから手を離したのであるが、なにしろ大きな花瓶のことであったから、かなり派手な音がして破片はあたりに飛び散り、その一つが彼女の脚に当った。とたんにびりびりと灼《や》きつくような痛味《いたみ》である。
「あっ、怪我をした!」チョコレート色の絹の靴下は、見るも無慙《むざん》に斜に斬れ、その下からあらわに出た白い脛《すね》から、すーっと鮮血《せんけつ》が流れだした。
(あ、困った)そのとき、厠《かわや》の扉が、はげしく鳴りひびき、中から旦那様が、茹蛸《ゆでだこ》のような頭をふりたてて出てきた。
「なんじゃ、なんじゃ。やっ、またギンヤか。なにを壊した。えっ、その棚のうえにあった大花瓶か。うーむ、それは……」とたんに旦那様の顔から血がさっと引いた。
「ううむ。――」と、旦那様は急にそわそわして、壊れた花瓶には目もくれず室内をぐるっと見まわした――が、そこで胸を拳《こぶし》でとんとん叩きながら、
「ああ、おどろいた」と呻《うめ
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