脈の所在を書いた地図も書類も、ついに見当らなかったので、光枝はがっかりした。だが帆村は、光枝の耳にそっと口をよせて、
「まだ悲観するのは早い。もう一つ、取って置きのタネがあるんだ」
「まあ、それはほんとですの。そのタネは、なあに」
「それはあの新しい大花瓶の中にあるんだ」
「えっ」
「つまりあの大花瓶の中に、君をいつか愕《おどろ》かせた録音の集音器《しゅうおんき》が入っているんだ。昨夜一晩《さくやひとばん》、あの集音器はこの居間にいて、主人公の寝言《ねごと》を喰べていたんだ。僕はその寝言の録音に期待をもっているんだよ」
「まあ、そんなことをなすったの」
光枝の愕きはのちに帆村が大花瓶の中に仕掛けた録音線《ろくおんせん》から、主人公の寝言を摘出《てきしゅつ》したときに絶頂に達した。例の不正な鉱脈の秘密が知られるかと気がかりの主人公は、ついに寝言《ねごと》のうちに、いくたびかその鉱山の位置を喋っていたのであった。ここに事件は解決した。
光枝は、この事件で立役者《たてやくしゃ》ではなかったけれど、科学探偵帆村の活躍ぶりに刺戟《しげき》されて、元のように朗《ほがら》かな気分の女性に返った。
底本:「海野十三全集 第7巻 地球要塞」三一書房
1990(平成2)年4月30日第1版第1刷発行
初出:「大洋」
1939(昭和14)年9月号
※底本は表題に「什器破壊業《ものをこわすのがしょうばい》事件」とルビを付しています。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2007年7月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全18ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング