壊すことは、案外気持のいいことである。もちろん物資愛護《ぶっしあいご》の叫ばれる現下《げんか》の国策に背馳《はいち》する行為ではあったが、しかし光枝の場合は、壊すための理由があった。つまりそれは、帆村探偵から頼まれて、なにかの事件解決のためやっていることゆえ、国策に背馳するものだとはいえない安心があった。すなわち、がちゃーんの音を聞く瞬間、光枝の胸の中に鬱積《うっせき》した不満感といったようなものが、一時的ではあったが、たちまち雲散霧消《うんさんむしょう》してしまうのを感じたことであった。
 だが、なにゆえに、什器破壊作業をやらなければならないか、その理由の本体《ほんたい》については光枝は何にも知らなかったし、なんにも思い当ることがなかった。


   犠牲《ぎせい》の大花瓶《おおかびん》


 小間使ギンヤの什器破壊作業《じゅうきはかいさぎょう》は、その第二日にいたって、俄然《がぜん》猖獗《しょうけつ》を極《きわ》めた。まず起きぬけに、電灯の笠をがちゃーんとやったのを手始めに、勝手元ではうがいのコップを割り、それから旦那様の部屋にいって灰皿を卓子《テーブル》のうえから取り落し(たことにして実は指先でちょいとついたのだった)、たちまち旦那様をベッドの上から下へ顛落《てんらく》させたのだった。
「わーあ、な、な、なにごとじゃ」
「どうもすみませんでございます」
「おお、ギンヤか。なに、灰皿を壊した。朝っぱら大きな音をたてちゃ困るね。わしはこの節《せつ》、心臓がすこし弱っとるんで、物を壊してもなるべくしずかにやってくれ」そういって、旦那様はまたベッドにもぐりこんでしまった。光枝が見ると、旦那様は、壁の方に向き伏して、その大きな肉塊《にくかい》が、早いピッチでうごめいているのを認めた。
「あんた、なんか業病《ごうびょう》があるんじゃない。だって指先に一向力がはいらないじゃないの」責任者のお紋《もん》というのに、光枝はたっぷり皮肉《ひにく》をいわれた。
「病気なんてありませんけれど、あたし、そそっかしいのですわ。これから気をつけます」
「そそっかしいのも、病気の一つだよ。子供じゃあるまいし、十六七にもなって――ちょいとお前さん、年齢《とし》はいくつだっけね、わたしゃ洋装の女の子の年齢がさっぱり分らなくってね」
「あら、いやですわ。あたし、もっと上ですわ」
「じゃあ十八てえと
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