、その省線電車が、さしかかったのだった。
その電車は六輌連結だったが、前から数えて第四輌目の車内に、みなさんお馴染《なじみ》の探偵小説家戸浪三四郎が乗り合わせていた。もし読者諸君がその車輌に同車していたならきっとおかしく思われたに相違《そうい》ない。というのは、戸浪三四郎は『新青年』へ随筆を寄稿してこんなことを云った。
「僕は電車に乗ると、なるべく若い婦人の身近くを選んで座を占める。彼女の生《なま》ぐさい体臭や、胸を衝《つ》くような官能的色彩に富んだ衣裳や、その下にムックリ盛りあがった肢態《したい》などは、日常|吾人《ごじん》の味《あじわ》うべき最も至廉《しれん》にして合理的なる若返《わかがえ》り法である」と。そして、成程《なるほど》戸浪三四郎の向いには、桃色のワンピースに、はちきれるようにふくらんだ真白な二の腕も露《あらわ》な十七八歳の美少女が居て、窓枠に白いベレ帽の頭を凭《もた》せかけ、弾力のある紅い口唇《くちびる》を軽くひらいて眠っていた。それから戸浪三四郎の隣りには、これはなんと水々しく結《ゆ》いあげた桃割《ももわ》れに、紫紺《しこん》と水色のすがすがしい大柄の絽縮緬《ろちり
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