の昼間は、アスファルト路面が熱気を一ぱいに吸いこんでは、所々にブクブクと真黒な粘液《ねんえき》を噴《ふ》きだし、コンクリートの厚い壁体《へきたい》は燃えあがるかのように白熱し、隣りの通《とおり》にも向いの横丁《よこちょう》にも、暑さに脳髄を変にさせた犠牲者が発生したという騒ぎだった。夜に入ると流石《さすが》に猛威をふるった炎暑《えんしょ》も次第にうすらぎ、帝都の人々は、ただもうグッタリとして涼《りょう》を求め、睡眠をむさぼった。帝都の外郭《がいかく》にそっと環状《かんじょう》を描いて走る省線電車は、窓という窓をすっかり開き時速五十キロメートルの涼風《りょうふう》を縦貫《じゅうかん》させた人工冷却《フォースド・クーリング》で、乗客の居眠りを誘った。どの電車もどの電車も、前後不覚に寝そべった乗客がゴロゴロしていて、まるで病院電車が馳《はし》っているような有様だった。そんな折柄、この射撃事件が発生した。その第一の事件というのが。
 時間をいうと、九月二十一日の午後十時半近くのこと、品川方面ゆきの省線電車が新宿《しんじゅく》、代々木《よよぎ》、原宿《はらじゅく》、渋谷《しぶや》を経《へ》て、エ
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