を駆けくだった。そのとき丁度《ちょうど》、叫喚怒号《きょうかんどごう》する人間を積んだ上り電車が、驀地《まっしぐら》にホームへ滑りこんできたのだった。
「やられたかッ」警部は呶鳴《どな》った。
「また若い婦人です」と車掌が窓から叫んだ。
「窓があいているじゃないか、あれほど言ったのに」警部は真赤になって憤慨した。
「エビス駅を出るときには閉っていたんです」
「よォし、では乗客を禁足《きんそく》しとくんだぞ」
「わかりましたッ」
 大江山警部は、若い婦人の屍体《したい》が転《ころが》っているという二輌目の車輌の前へ、かけつけた。窓がパタリと開いて、多田刑事の泣いているような顔が出た。
「課長どの、殺されたのは赤星龍子です」
「えッ、赤星龍子が――」
 総監から注意のあったばかりの女が殺された。警部自身が大きい疑問符を五分ほど前にふったその女が殺されたのだった。警部は車中へ入ってみた。
「課長どの」と多田刑事は警部をオズオズと呼んで、この車輌の一番先端部にあたる左側客席の隅《すみ》を指《さ》した。
「ここの隅ッ子に龍子が腰を下ろしていました。向い側の窓はたしかに閉っていたんですが、ビール会
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