あろう。
 もしそれが発砲の音だったら、車掌の耳はどうかしていたことになりはしまいか。電車の騒音は、車内よりもむしろ車外の方が大きいのだから。専務車掌室の扉《ドア》を細目にひらいて、消音ピストルを打ったと考えてはどうであるか。それでは銃丸《たま》は、かおるの左胸《さきょう》を側面《そくめん》から射つことになる。然《しか》るに彼女の弾丸による創管《そうかん》は、ほんの少し左へ傾いているが、ほとんど正面から真直《まっすぐ》に入っている。これは違う。それでは、電車の進行中、彼は窓から屋根によじ昇り、屋上の欄干《らんかん》に足を入れて真逆《まっさかさま》にぶら下ると丁度《ちょうど》、顔が窓の上枠《うわわく》のところにとどくから、そのまま蝙蝠式《こうもりしき》にぶら下って消音ピストルをうち放つ。それがすむと、何喰《なにくわ》ぬ顔をして車掌室にかえり、室内の騒ぎを始めて知ったような風を装《よそお》って馳けつける。うん、こいつは出来ないことじゃない。車掌倉内銀次郎の身辺《しんぺん》をすこし洗ってみよう。
「コツ、コツ!」と扉《ドア》を叩く者がある。
「よろしい」大江山警部は、扉の方を向いた。扉がスウ
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