社の前あたりまで来たときに、そこにいた地方出身の爺《じい》さんが、窓をあけちまったんです。私が止めようとしたときにはもう遅うございました」
「君は一体どこに居たんだ」
「向うの入口(と彼は指を後部|扉《ドア》へさしのべた)から龍子を監視していたのです」
「龍子は死んだか」そう云って警部はうしろを向いた。彼女は軽便担架《けいべんたんか》の上で、裸にむかれていた。
「課長さん、重傷ですが、まだ生きています。創管《そうかん》は心臓を掠《かす》って背中へむけています。カンフルで二三時間はもっているかも知れません」と医師が言った。
「意識は恢復《かいふく》しないかネ」
「むずかしいと思いますが、兎《と》に角《かく》さっきから手当をしています」
「輸血でもなんでもやって、この女にもう一度意識を与えてやってくれ」警部は、紙のように真白な赤星龍子の顔を祈るようにみてそう云った。
「多田君、田舎者の爺《じい》さんというのは、どこに居るか」
「はァ、そこに居ますが……」そう云って多田刑事は車内の連中の顔をみまわしたが居なかった。刑事は狼狽《ろうばい》して、一人一人を訊問《じんもん》した。その結果、仕切の小扉《こドア》をひらいて後の車へ行ったのを見たと云った者がいた。驚いて後の車を尋《たず》ねてみたが、田舎者の爺さんなんか、誰も見たものがないというのだった。
「なに、どこにも見当らないって」その報告をきいた大江山警部は、鈍間《とんま》な刑事を殴《なぐ》りたおしたい衝動《しょうどう》に駆《か》られたのを、やっとのことで我慢した。
「課長どの、こういう方がお目にかかりたいと仰有《おっしゃ》いますが」と部下の一人が、一葉《いちよう》の名刺を持って来た。とりあげてみると、
「私立探偵。帆村荘六」
大江山警部は、帆村の力を借りたい心と、まだ燃えのこる敵愾心《てきがいしん》とに挿《はさま》って、例の「ううむ」を呻《うな》った。そのとき側《かたわ》らに声があった。
「大江山さん。総監閣下を通じてお願いしましたところ、お使い下さるお許しを得たそうでして大変有難うございました」
「やあ、帆村君」警部は、青年探偵帆村荘六の和《なご》やかな眼をみた。事件の真只中《まっただなか》に入ってきたとは思われぬ温容《おんよう》だった。彼は帆村を使うことを許した覚えはなかったが、それは多分帆村探偵の心づかいだろうと悟っ
前へ
次へ
全27ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング