て、悪い気持はしなかった。
帆村探偵と大江山捜査課長とは、顔を近づけて、それから約二十分というものを、低声《ていせい》で協議をした。それが終ると、大江山警部の顔色は、急に生々と元気を恢復してきたように見えた。
「さあ、赤星龍子さんを、伝染病研究所の手術室へ送るんだ。ここから一番近くていい。それから私も、そっちの方へ行くから、用事があったら電話をかけて貰いたい」
部下一同は呆気《あっけ》にとられたのだった。大江山課長は、今宵《こよい》三人の犠牲者を出したこの駅に、徹夜して頑張るのだろうと、誰もが思っていた。なんの面目《めんぼく》があってオメオメ此の現場を去ることができるのか。それに、電車はまだひっきりなしに通る筈だ。終電車までにまだ二時間もあるではないか。それを気に留めないで引き払おうという課長の意が、那辺《なへん》にあるかを計りかねた一同だった。
頭の働く部下の一人は、こう考えた。
(課長が重症の赤星龍子について引上げるというは、最早《もはや》今夜は犯罪が行われないことがわかったのだ。なぜそれが確かになったのであるか。――うん、もしかすると、赤星龍子が射たれたというのは間違いで、彼女は、われとわが身体を傷《きずつ》けたんじゃなかったか。彼女の自殺! あの怖ろしい省線電車の射撃手は、実に赤星龍子だったんだ。)
そう思って眺めると、彼女を伝研《でんけん》の病室に送る一行の物々しさは、右の推定《すいてい》を裏書《うらが》きするに充分だった。
「赤星龍子はカンフルで持ち直して、うまくゆくと一命はとりとめるかもしれないということだ」
そんな噂が、伝研ゆきの自動車が出て行ったあとで、駅員たちの間に拡って行ったほどだった。果して龍子は助かるだろうか。のこる四人の容疑者の謎は、もうとけたのだろうか。
7
「大江山さん。手筈《てはず》はいいですか」
「すっかり貴方の仰有《おっしゃ》るとおり、やっといたです。帆村君」
ここは伝研の病室だった。伝研の構内には、昼間でも狸《たぬき》が出るといわれる欝蒼《うっそう》たる大森林にとりまかれ、あちこちにポツンポツンと、ヒョロヒョロした建物が建っていた。今は、ましてや真夜中に近い時刻であるので、構内は湖の底に沈んだように静かで、霊魂《れいこん》のように夜気《やき》が窓硝子《まどガラス》を透《とお》して室内に浸《し》みこ
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