思うのは、大間違いです」と戸浪は軽蔑《けいべつ》の口調をあらわして云った。「僕は案外単純な事件だと思うが……」
「戸浪さん、貴方は弾丸が車内で射たれたか又は車外から射ちこんだか、どっちと考えていますか」
「それですよ、大江山さん。僕は昨日その質問をうけたとき、車外説をもち出しました。今夜の殺人の話をきいてみますと、三人が三人とも同じ地点で、同じ右側にかけた人が、同じく心臓を射たれたそうですね。それは車内で射ったとしてもあり得ることですが、その正確なる射撃ぶりから推《お》して、何か車外の地点に、非常に正確な銃器を据《す》えつけて、機械的に的を覘《ねら》ったのだと考えた方が、面白くありませんか」
「すると、どんな機械なんでしょう」
「僕もよくは知りませんが、四・五センチの口径《こうけい》をもったピストルなんて、市場《しじょう》にはちょっと見当らない品です」
「ほほう、よく口径を御存知ですね」
「法医学教室にいる友人に聞いたのです。それで犯人は特殊な科学知識をもっていて、恐るべき武器を持っていると考えるのです。ピストルを消音にすること位は、わけはありません。発砲の火を隠すためには、相当長い管《くだ》をつかって、先に弾丸の出る小さい穴をあけとけばよろしい。専務車掌が窓外に火を見なかったというのも、こんな仕掛けをすれば説明がつきます。あとは、電気を使って発砲させることもできるでしょう」
「わかります!」と警部は、探偵小説家の途方もない想像力で煙《けむ》にまかれながら、合槌《あいづち》をうった。
「射撃手が跳梁《ちょうりょう》するのは、三人が三人とも申し合わせたように夜間に限るのはどうしたものでしょう。いいですか、これは面白い問題です。車内に殺人鬼《さつじんき》がいるのだったら、なにも夜分を選ばなくても、真昼間だって割合|空《す》いた電車があるでしょうから、射ちたくなる筈です。それがなくて夜に限るというのは、この精巧な器械を、或る地点に据えつける必要があるからなんです。器械や、犯人の姿を見られては困るからです」
大江山警部は、例の癖《くせ》をだして獣《けもの》のように呻《うな》っていた。その一方に、探偵小説家というものは、こんなにまで科学的でなければ勤《つと》まらないものかと、或る種の疑惑が湧いてこないでもないのだった。
「貴方はよくお調べですね」と警部が皮肉《ひにく》のつも
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