《えら》いことになりましたね」
「おお、貴方は、探偵小説家の戸浪三四郎さんでしたな」と警部は云った。戸浪は洗いざらしの浴衣姿《ゆかたすがた》というだらしの無い風《ふう》をしていたのだった。警部は戸浪三四郎が、第一の射殺事件のときに指摘してくれたヒントが、唯今になって否定することのできない明確な事実を生んでいるのに、思いあたった(この探偵小説家の名論が聞けるものなら)。――それは溺れる者がつかむという藁《わら》以上のものであると、警部はみずからの心に弁解をして置いて口を開いた。「どうして、これへ来られましたな」
「これごらんなさい」そう云って彼の差出したのは、初号《しょごう》活字の大きい見出しのついた東京××新聞の号外だった。

[#ここから2字下げ]
省線電車に
 大胆不敵な射撃手現わる
  前夜と同一犯人か
[#ここで字下げ終わり]

 とあり、今夜の二ツ木兼子射殺事件がデカデカに報道されてあった。間もなく第三の三浦糸子射殺事件が更に大々的活字で報道されるのかと思うと、警部の耳底《じてい》に、新聞社の輪転機の轟々《ごうごう》たる響がにわかに聞こえてくるようだった。
「射撃手――だって、新聞は云ってますぜ。これで三人ですね」
「若い女性ばかりを覘《ねら》う痴漢射撃手です」と警部は、ムッとして思わぬことを言い放った。「ときに貴方はエロ探偵小説もお得意のようでしたな。ハッハッ」
「冗談云っちゃいけません、大江山さん、貴方は隠しておいでのようですが、省線電車の射撃手は地獄ゆきの標章《マーク》を呉《く》れておいて殺すというじゃありませんか。三人の犠牲者はどこの人で、どこを通ってきたのかを調べると三人に共通なもののあるのが発見されると思いますよ。そいつをひっぱってゆくと、十字架と髑髏《どくろ》の秘密結社が出てくるんじゃないですか」
「秘密結社ですって?」
「そりゃ僕の想像ですよ」
 戸浪三四郎は呪いの標章《マーク》についてもっと何かを知っているのだと、警部は悟《さと》った。小説家にも尾行をつけることだ。「探偵小説家は実際の犯罪をしない。それは、いつもペンを走らせて犯罪を妄想《もうそう》しているから、犯罪興奮力が鈍《にぶ》っているのだ」と云った人があるが果してそうだろうか。
「だが戸浪さん。犯人を解く謎は、そればかりではなく、沢山《たくさん》あるのですよ」
「謎がそう沢山あると
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