あろう。
もしそれが発砲の音だったら、車掌の耳はどうかしていたことになりはしまいか。電車の騒音は、車内よりもむしろ車外の方が大きいのだから。専務車掌室の扉《ドア》を細目にひらいて、消音ピストルを打ったと考えてはどうであるか。それでは銃丸《たま》は、かおるの左胸《さきょう》を側面《そくめん》から射つことになる。然《しか》るに彼女の弾丸による創管《そうかん》は、ほんの少し左へ傾いているが、ほとんど正面から真直《まっすぐ》に入っている。これは違う。それでは、電車の進行中、彼は窓から屋根によじ昇り、屋上の欄干《らんかん》に足を入れて真逆《まっさかさま》にぶら下ると丁度《ちょうど》、顔が窓の上枠《うわわく》のところにとどくから、そのまま蝙蝠式《こうもりしき》にぶら下って消音ピストルをうち放つ。それがすむと、何喰《なにくわ》ぬ顔をして車掌室にかえり、室内の騒ぎを始めて知ったような風を装《よそお》って馳けつける。うん、こいつは出来ないことじゃない。車掌倉内銀次郎の身辺《しんぺん》をすこし洗ってみよう。
「コツ、コツ!」と扉《ドア》を叩く者がある。
「よろしい」大江山警部は、扉の方を向いた。扉がスウと開いた。入って来たのは、給仕だった。
「速達でございます」そう云って給仕は、課長の机上《きじょう》に、茶色の大きい包紙のかかっている四角い包を置いて、出て行った。
警部は、注意して包をひらいてみた。中には、「ラジオの日本」という雑誌の昭和五年十二月号が一冊入っているきりだった。それを取上げてペラペラと頁《ページ》をめくってみると、半頃《なかごろ》に頁《ページ》を折ってあるところがあった。そこを開けると、白い小布《こぬの》が栞《しおり》のように挿《はさ》まっていて、矢印が書いてある。矢印の示すところには赤鉛筆で、傍線《ぼうせん》のついている記事があった。表題は、「無線と雑音の研究」とあり、「大磯《おおいそ》HS生《せい》」という人が書いているのだった。大江山警部にとって、無線の記事は一向ありがたくなかった。彼は雑誌を抛《ほう》りだそうと思ったが、「雑音」という文字が、電車の騒音と関係がありはしまいかと思って、兎《と》に角《かく》、ぽつりぽつりと読みはじめた。直ぐに彼は、見当ちがいだったことに気がついたけれども、その記事は、思ったよりも平易《へいい》である上に、その内容は大江山警部の注
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