もがくと、ますます痛い。牛丸は歯をくいしばり、ぽろぽろと涙を流した。
「これは拷問《ごうもん》の見本だから、そのへんで許してやろう。お前たちの年頃は、わけもわからずに生意気でいけない。そう生意気な連中には拷問が一番ききめがある」
頭目は、けしからんことをいってから、拷問をとめた。鍋のようなものは、牛丸の頭髪をはなして、鎖紐と共にがらがらと天井の方へあがっていった。
日頃はのんき者の牛丸平太郎も、この拷問には参った。このような野蛮な責め道具を、さかんに持っているのだとすれば、うっかりことばもだせない。
「そこで、もう一度聞き直す。戸倉老人から渡された黄金メダルの半分は、今どこにあるのか。さあ、すぐ答えなさい」
頭目の声は、以前よりはやさしくなった。やさしくなったが、その口裏《くちうら》には、「こんど答えなければ本式に拷問してやるぞ」との含みがある。返事をしないわけにいかない。
「ぼくは正直にいいますが、戸倉老人だの黄金メダルだのといわれても、何のことやら、さっぱり分りまへん。これはほんとです」
「なにイ……まだうそをつくか。それなれば――」
「いくら拷問されたって、今いったことはほんとです。今いうたとおり、なんべんでもくりかえすほかありまへん。それとも、ぼくからうそのことを聞きたいのやったら、拷問したらよろしいがな」
しゃべっているうちに牛丸はしゃくにさわってきて、又もやいわなくてもいいことまでいってしまった。
「知らないとはいわさん。それでは、証拠をつきつけてやる。戸倉老人をここに引きだせ」
頭目の命令によって、戸倉老人がこの部屋へつれてこられた。車のついた椅子にしばりつけられていることは、この前と同じだ。ひげ面をがっくり垂《た》れて目を閉じている。
戸倉老人の椅子は、頭目の前で、牛丸少年といっしょに並べられた。机博士がつかつかとやってきて、戸倉老人を診察した。それはかんたんにすんだ。机博士は自席にもどる。
「牛丸少年。お前の前にいるのが戸倉老人だ。この老人なら見おぼえがあるだろう。生駒の滝の前で、お前はこの老人から何を受取ったか。それをいっておしまい」
「この人、知りません。今はじめて会うた人です」
牛丸は、そう答えた。彼は生駒の滝の前に倒れていたのがこの老人かもしれないと思った。しかしあのときは、顔をよく見たわけでない。ヘリコプターから機銃掃射《きじゅうそうしゃ》が始まったので、すぐ柿《かき》の木へかけあがったわけである。
「お前はどこまで剛情《ごうじょう》なんだろう。そんなに拷問されたいのか。それでは」
「待って下さい。ほんとにぼくは、この人を知りませへん。うそやありません。この人に聞いてもろうてもよろしい」
牛丸少年は重《かさ》ねて同じ主張をした。
戸倉老人は、さっきから下を向いたままで、目を開かない。牛丸少年の顔を見ようともしないのであった。
老人の心の中には、今はげしい苦悶《くもん》があった。それは今彼のそばにいる少年が、春木清にちがいないと誤解していたからだ。死にゆく自分を介抱《かいほう》してくれた親切に、あの黄金メダルを少年に贈ったが、それが祟《たた》って、少年はこうして四馬剣尺のために自由を奪われ、ひどい責めにあっていると思えば、老人の胸は苦しさに張りさけんばかりであった。老人は、この気の毒な少年の顔を一目でも見る勇気がなかった。少年に何とあやまってよいか、老人の立ち場はひどく苦しいのであった。
「剛情者《ごうじょうもの》が二人集った」
と頭目は牛丸や戸倉老人のことをいった。
「よし、それでは、のっぴきならぬ証拠を見せてやろう。おい波、あの写真を持ってきたか」
すると戸口に立っていた波が、ポケットから数葉《すうよう》の写真をひっぱりだして、頭目のところへ持ってきた。
「ふーむ。これで見ると、あのときお前は現場にいた子供にちがいない。これを見よ」
頭目は、写真を牛丸に手わたした。
牛丸は、それを見た。そしてどきんとした。彼が生駒の滝の前まできたとき、ヘリコプターがまい下ってきたので、おどろいて柿の木にのぼった。そのときの彼の姿が、はっきりと撮影されているのであった。写真の中には、彼の顔をいっぱいに引伸してうつしてあるものもあった。それを見ると、これは自分ではないということができないほど、はっきりしていた。
「どうだ。その写真にうつっているのはお前だろう。お前にまちがいなかろう」頭目は、こんどはおそれ入ったかと牛丸少年の面をむさぼるように見つめる。
「これは、ぼくのようです」
牛丸は、あっさりとそれを認めた。
「しかし、この柿の木にのぼっているのがぼくだとしても、ぼくは誰からも、何ももらいません。ほんとです」
戸倉老人が、このとき薄目《うすめ》をあいた。そして牛丸少年の顔を、さぐるようにそっと見た。
(おお……)老人の顔に、狼狽《ろうばい》と喜びの色とが同時に走った。
(ああ神よ)老人は口の中で唱《とな》えると、再びがっくりとなって椅子にうなだれ、目を閉じた。老人は、そばにいる少年が、春木清ではないのを知って、いままでのはげしい悩《なや》みから急に解放されたのであった。
そのとき頭目の、怒りにみちた声がひびいた。
「なんという手際のわるいことだ。調査不充分だぞ。責任者は処罰《しょばつ》される」
左右をふりかえって、頭目は部下を叱《しか》りつけた。
「この剛情者二人は、当分あそこへ放りこんでおけ」
そういい捨てて、頭目はうしろの垂《た》れ幕をわけて、その奥に姿を消した。異様な背高のっぽの覆面《ふくめん》巨人だ。牛丸少年は、感心して、頭目のうしろ姿を見送った。
(あの覆面の下に、どんな顔があるのか。早く見てやりたいものだ)
彼はこわさを忘れて、好奇心をゆりうごかした。
万国骨董商《ばんこくこっとうしょう》
ここで話は、春木少年から姉川五郎《あねがわごろう》の手へ渡った半月形の黄金メダルの上に移る。
今、姉川五郎のことをくわしくのべるにあたるまい。なぜなれば、彼はひどく酔払っていて、どうにもならない。彼の服装は、ぼろぼろ服と別れて、りゅうとした若い海員姿に変っている。よほどたんまり金がはいったと見える。
彼がお稲荷《いなり》さんの境内《けいだい》の木の根元から掘りだした半かけの金属片《きんぞくへん》は、たしかに黄金製であったのだ。彼はそれを、海岸通《かいがんどお》りからちょっと小路にはった[#「はった」はママ]ところにある万国骨董商チャンフー号に売ったのである。主人のチャン老人は、孔子《こうし》のように長い口ひげあごひげをはやして、トマトのように色つやのよい老人であった。老人は、姉川が持ってきたメダルを二万円で買うといった。姉川はそれを聞くと十万円でないといやだといったが、結局三万五千円でチャン老人は買い取った。
大金をつかんで、宇頂天《うちょうてん》になって店をでようとする姉川に、うしろから老商チャンは声をかけた。
「こんなにかけないで、丸々満足なのがあったら四割がたええ値で買いまっせ」
姉川は、ふふんと笑ったまま、店をでていった。
「ふふふふ。まるでただのようなもんや。つぶしても十二万円には売れる。しかし惜しいもんや。らんぼうなやり方で、半分に切断しよった。中まで黄金かどうか見るつもりやったんやろ」
老商はひとりごとをいいながら、黄金メダルを天秤《てんびん》の皿からおろし、こんどはそれを店の飾窓《かざりまど》の中にあるガラス箱の棚の一つの上にのせた。そのそばには、はんぱになった貴金属製の装身具が、所もせまく並べられてあった。片っぽだけのひすい[#「ひすい」に傍点]の耳飾りや、宝石がなくて台ばかりの金色の指環や、数の足りない真珠の首飾、さてはけばけばしい彫刻をした大小いろいろの指環や、古色そう然とした懐中時計をはじめ、何だか訳の分らない細工物《さいくもの》や部分品が、そのガラス箱の中にひしめきあっていた。
それは、姉川五郎が黄金メダルを売りとばしてから三日目の昼さがりのことだった。
その日は、ふしぎに例の三日月形の黄金メダルが客の目を吸いつけた。結局、その日黄金メダルにさわったお客の数は三名であった。
最初の客は、意外な人物、立花カツミ先生であった。
その日、立花先生は、新しい体操の実演と打合会のために海岸通りの扇港《せんこう》ビルの講堂で午前中を過した。それがすんで、外へでたが、そこで金谷先生といっしょになり、元町《もとまち》の方へ抜けて学校へもどることになった。そのとき万国骨董商チャンフーの店の前を通りかかったのである。
はじめ、金谷先生がその飾窓の前に足をとどめた。先生はめったにこんなところへこないので、ガラス戸の中におさまっているいろいろの商品をもの珍らしくながめた。立花先生の方は、そんなものにあまり興味がないらしく、すこし迷惑そうな顔で、金谷先生のうしろに立っていた。
その金谷先生が笑いだした。
「はははは。この店は、がらくた店なんだよ。ちょっと見かけはいいが、ろくでもないものばかり並べてある。あれなんか、金貨の半かけだ。金貨の半かけはおかしい。金貨にしては大きいからメダルかな。とにかく半かけでは買い手もあるまいに……」
立花先生の顔が、飾窓へよってきた。
「立花先生。ほら、あそこにある金貨の半かけみたいなもの、あれはメッキですかな、それとも本物の金ですかな」
「さあ……」立花先生は、かすれたように声をだした。
「あれがもし本物の金だったら、あれだけあれば、うちの母のいれ歯もすっかり修理することができるんだがなあ」
「もう、いきましょうよ」先生二人は、老商チャンの飾窓から離れた。そしてにぎやかな元町へでた。
半町ばかり歩いたときに、立花先生は金谷先生に、
「わたくし、忘れていた用事を思いだしました。これからちょっといって参りますから、ここで失礼いたしますわ」
といった。そして二人は別れた。
立花先生は、すたすたとうしろへ戻った。そして先生は例の万国骨董商の店へはいった。老主人チャンは、籠《かご》の小鳥に餌《えさ》をやっていたが、店の方をふりかえって、びっくりした。珍らしい客人《きゃくじん》である。
「なにをお目にかけましょうかな」
チャンは、もみ手をしながら、首をさげた。首を下げながら、美しい客の面《おもて》から目を放さなかった。
立花先生は、黄金メダルの半ぺらを見せてくれといって、手にとってよく見た。それは先生の気にいったようであった。そこで値段を聞いた。
「さよう。あんたさんのお望みですさかいに、大まけにまけまして、二十万円ですな。あれは純金に近いものでな、そのうえ、えらい由緒《ゆいしょ》のあるもので、二十万円は大勉強だっせ」
二十万円だという。三万五千円で姉川五郎から買いとったものが六倍の値段でふっかけられたのである。
「二十万円ですか。高いわねえ」
「それだけの値打は、十分におまんねん。その道の者なら、よう知ってます」立花先生はしばらく唸《うな》っていたが、やがて老商チャンにいった。
「わたくし、ここに二十万円のお金を持っていないのです。それで今手つけ金として二万円おいてまいります。これから家へかえって、のこりの十八万を持ってきますから、それをわたくしに売ったものとして下さい」
「へえーッ。どうもありがとうはんで。あの、二十万円で買いはりますか。よろしおます。二万円のお手つけ金。ここへちょうだいいたしましょう」
チャン老人は、自分のおどろきを隠すのに骨を折った。十五万円ぐらいに値切るかと思いの外、いい値の二十万円で買うというのだ。そんなことなら、もっと吹っかけておけばよかった。こんな質素ななりをしていた婦人のことだから、二十万円だといえば、びっくり仰天して、すぐさようならと店をでていくかと思いの外、とんでもないちがいだった。
その婦人客がそそくさと店からでていったあと、チャン老人は、黄金メダルを元のガラス箱の中に返した。
あとの二人の客
老商チャンは、またもとのように小鳥
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