は、その夜、例の焼けのこりの絹ハンカチを灯《あかり》の下にひろげてみた。
 ざんねんにも、四分の一か五分の一ほどしか残っていない。
 が、それでもこれは重大なる手がかりなのだ。
 さて、読みかかったが、絹ハンカチに書かれてある文字は、細い毛筆で、達者にくずしてあるため、判読するのがなかなかむずかしかった。
 しかし少年は、その困難を越え、字引をくりかえし調べて、どうやらこうやら一応はその文字を拾い読むことができた。
 いったい、どのような文句が、そこに書きつづられていたであろうか。
 十四行だけ残っていた。しかしその一行とて、行の終りまで完全に出ているわけでない。しかし行の頭のところは、みなでている。それは、次のような文字の羅列《られつ》であった。

[#ここから2字下げ]
ヘザ………………………………
たる………………………………
二つ合……………………………
蔵する宝…………………………
の開き方を知……………………
り。オクタンとヘ………………
しため協力せず…………………
する黄金メダルの………………
のと暗殺者を送…………………
斃《たお》れ黄金メダルは暗……………
り、それより行方不明…………
ここにある一|片《ぺん》はオ……………
せし一片にして余は地中………
おいてこれを手に入れたる……
[#ここで字下げ終わり]

「なんだろう。さっぱり意味が分らない」
 春木少年は、ざんねんであった。
 もしも生駒の滝のたき火で、こんなに焼いてしまわなかったら、一つの完成した文章が読めて、今頃は重大な発見に小おどりしているだろうに。
「いや、未練《みれん》がましいことは、もういうまい。この焼けのこりの文句から、全体の文章が持っている重大な意味を引出してみせる」
 彼は興奮した。くりかえし、この切れ切れの文句を口の中で読みかえした。彼は、考えて考えぬいた。頭が火のようにあつくなった。
 そのうちに、彼は、一つのヒントをつかんだように思った。
「この黄金メダルの半ぺらを一つずつ持っていた人間が二人ある。ひとりをオクタンといい、もうひとりをヘザ……というのだ」
 オクタンにヘザ何とかであるが、ヘザの方は名前の全部が分っていない。とにかく、この二人が黄金メダルを半ぺらずつ持っていたとしてこの文句を読むと、意味が通るのであった。
 これに勢いを得て、少年探偵はさらに推理をすすめた。
 すると、第二のヒントが見つかった。
「あの黄金メダルを二つ合[#「二つ合」に傍点]わせると、宝のあるところの開き方を知[#「開き方を知」に傍点]ることができるようになっているんだ」
 第三行と第四行と第五行とから、これだけの意味が拾えたように思った。
 もしこれが当っているなら、黄金メダルの二個の半ぺらを手に入れた上で、二つを合わしてみなくてはならないのだ。メダルの裏にきざみこんである暗号文字のようなものが、二つ合わせて読むと、完全な意味を持つようになって、宝庫《ほうこ》の開き方を知らせてくれるらしい。
 少年探偵は、いよいよ勢いづいて、その先を解析した。
 第六行から第十一行までは、大して重要なことではないらしいが、そこに書かれてある意味は、
 ――黄金メダルの半ぺらずつを持ったオクタンとヘザ某《なにがし》とは、仲がわるくて助け合わず、相手の持つ半ぺらを奪おうとして、暗殺者を送った。その結果、両人のうちの誰かが死んだ。そして半ぺらは行方不明となった――
 というのではなかろうか。
「いや、それでは、両人のうちの誰かが相手に暗殺者を向けて斃し、そして黄金メダルの半ぺらを奪ったものなら、その半ぺらはその者の所有となり、行方不明になるはずがない。これは意味が通じない。考えなおしだ」
 いろいろと考え直したが、もうすこしで分りそうでいて、どうもうまい答がでなかった。少年探偵は、しゃくにさわってならなかったが、そのときはもうそれ以上に頭がはたらかなかった。
 それから最後の三行から、次のことを推理した。
 ――この一片、すなわち、戸倉老人の持っていた半ぺらは、オクタンが持っていた半ぺらであって、自分、すなわち、戸倉老人は、これを地中[#「地中」に傍点]から掘りだしたものである――
 どうやら、これだけのことが分った。
 オクタンとヘザ某とは、いったい何者であるか、それが分らない。これは文章のはじめの方に、説明があったのだろう。そこのところが焼けてしまったために、とつぜんオクタンとヘザ某の名がでてきて、彼らが何者であるのか、その関係や、二人の時代が分らないのである。
 後日になって明らかになったことだが、このように解釈した春木少年の推理は、原文の意味の七分どおり正しく解いているのであった。少年探偵としては、及第点であった。
 このとき以来、彼は、右の解釈を基《もと》として、その後の活動をすることにしたのであるが、実はもう一つ、彼が考えたことがあった。それは、
 ――ヘザ某は、オクタンの放った暗殺者のために殺され、ヘザの持っていた黄金メダルの半ぺらは行方不明となった。オクタンは自分の持っている半ぺらをたよりに、宝探しをこころみたが、うまくいかなかった。そして彼は、残念に思いながら死んでしまった。だから、世界的大宝物は、まだ発見されずにもとのところに保存されている――
 まず、こんな風に推定したのだった。
 だから、オクタンは、とても悪い奴《やつ》。ヘザ某は気の毒な人。そしてヘザ某の遺族か部下は、オクタンを恨《うら》んでいるが、彼らの手には、オクタンには奪われないで助かった黄金メダルの半ぺらがある。扇形《おうぎがた》をしたその半ぺらを持っている者があったら、それはヘザ某の遺族か部下に関係ある者だ――と春木少年は思った。
 このことが正しいかどうか、読者諸君には興味が深いであろう。なぜなれば、諸君は春木少年のまだ知らない事実――四馬剣尺や猫女のことなどを知っているのだから。


   きれいな独房《どくぼう》


 かわいそうなのは、自宅からヘリコプターにさらわれていった牛丸平太郎少年だった。
 彼がヘリコプターに収容せられたときには、気を失っていた。だから、あとのことはよくおぼえていない。
 気がついたときは、固いベッドの上に寝ていた。おどろいて彼は起き直った。からだが方々痛い。
「おお、これは……」
 明かるく照明された、せまい一室だったが、入口は扉《と》のかわりに、鉄の格子《こうし》がはまっていた。牢屋《ろうや》だった。ベッドは部屋の隅にとりつけてあって、腰かけの用もしていた。
「ぼくを、こんなところへいれて、どうするつもりやろ」
 牛丸は、鉄格子のところへいって、それが開くかどうかためしてみた。だめだった。鉄格子の外側には、がんじょうな錠前がぶら下っているのが見えた。
 鉄格子の前は通路になっていた。そして正面には、壁があるだけだった。
 どこか抜けだすところはないかと、牛丸少年は部屋中を見まわした。天井に小さい空気穴があいているだけだ。そこからでようとしても人間にはできないことだった。小さい猫ならでられるかもしれないが、牛丸は猫ではなかった。
 天井は、高かった。室内には、ベッドの外になんにもない。いや、一つあった。それは便器であった。
 牛丸少年は、この部屋に永いこと、とめておかれた。ここでは、時刻がさっぱり分らなかったけれど、牢番《ろうばん》らしい男がきて、鉄格子の窓から、食事をさしいれていったので、朝がきたらしいことをさとった。
 牢番は、五十歳ぐらいのじゃがいものように、でくでく太ったおじさんだった。牛丸が話しかけても、牢番男は首を左右にふるだけで、返事をしなかった。
 昼飯《ひるめし》を持ってきたときに、牛丸はまた話しかけた。牢番は同じように首を左右にふり、指で自分の耳と口とをさして、
(わしは、耳がきこえないし、口もきけないよ)
 と、知らせた。夕飯《ゆうはん》のとき、牛丸が話しかけようとすると、牢番は、こわい目でにらんだ。そして不安な目付で左右をふりかえった。そしてもう一度こわい目をし、大口をあいて、牛丸少年をおどかした。
 牛丸は、がっかりした。すべての望《のぞ》みを失い、ベッドにうっ伏して、わあわあ泣いた。だが、誰もそれを慰《なぐさ》めにきてくれる者はなかった。
 疲れ切っていたと見え、その姿勢のまま、牛丸はねむってしまったらしい。
「起きろ。こら、起きろ、子供」
 あらあらしい声に、牛丸はやっと目がさめた。
「さあ起きろ。頭目《かしら》のお呼びだ。おとなしくついてくるんだぞ」若い男が、そういって、牛丸の手首にがちゃりと手錠をはめた。牛丸は引立てられて、監房《かんぼう》をでた。
 前後左右をまもられて、牛丸少年は通路を永く歩かせられ、それからエレベーターに乗せられて上の方へのぼっていった。その道中に彼はたえずあたりに気を配ったが、それはなかなかりっぱな建物に見えた。彼はここがカンヌキ山のずっと奥深い山ぶところにかくされたる六天山塞《ろくてんさんさい》の地下|巣窟《そうくつ》だとは知らなかった。
「頭目。牛丸平太郎をつれてまいりました」
 若い男は、頭目四馬剣尺が待っている大きな部屋へ少年をつれこんだ。
 牛丸少年は、そこではじめて頭目なる人物を見た。
 華麗に中国風に飾りたてた部屋の正面に、一段高く壇を築き、その上に、竜の彫りもののあるすばらしい大椅子に、悠然と腰を下ろしているあやしき覆面《ふくめん》の人物は、四馬頭目にちがいなかった。
 その左右に、部下と見える人物が、四五名並んでいた。秘書格の木戸の顔も、それに交っていた。机博士のほっそりとした姿も、その中にあった。頭目が、覆面の中からさけんだ。
「うむ。波《なみ》はそこに控《ひか》えておれ。木戸。その少年を前につれてこい。直接、話をしてみる」
 若い男は、入口を背にして、佇《たたず》んだ。
 木戸が前にでていって、牛丸少年の肩をつかんで、頭目の前に引立てた。
「手荒《てあ》らにはしないがいい」
 頭目は木戸に注意をした。
「これ、牛丸平太郎。お前にたずねたいことがあったから、ここまできてもらった。これからたずねることに正直に答えるのだぞ。もしうそをついたら、そのときはひどい罰をうけるから、うそはつくなよ」
 太い威厳《いげん》のある頭目の声が、牛丸の胸を刺した。
 牛丸少年は、だまっている。彼は、頭目の顔の前にたれ下っている三重のベールがふしぎで仕方がなかった。
「おい、牛丸平太郎。お前は、戸倉老人から黄金メダルの半分をうけとったろう。正直に答えよ」
 頭目はそういって、牛丸の返事はどうかと、上半身を前にのりだした。牛丸少年は、それでもだまっていた。
 頭目は少年が返事をしないので、機嫌をわるくした。彼は肩を慄《ふる》わせ、
「さあ、早く答えよ。お前が戸倉老人から渡された黄金メダルの半分は、どこへ隠して持っているのか」
 と、声をあらくしていった。
「ぼくにものを聞きたいのやったら、聞くように礼儀をつくしたらどうです。昨日からぼくを罪人《ざいにん》のようにひどい目にあわせて、さあ答えよといっても誰が答える気になるものか」
 牛丸は、はじめて口を開くと、相手の非礼をせめた。
「お前から礼儀のお説教を聞くために呼んだのではない。こっちからたずねることだけに答えればよい。それを守らなければお前の気にいるような拷問《ごうもん》をいくつでもしてあげるよ。たとえば、こんなのはどうだ」
 頭目が、椅子の腕木のかげにつけてある押釦《おしボタン》の一つをおした。すると天井から、鍋《なべ》をさかさに吊ったようなものが長い鎖《くさり》の紐《ひも》といっしょに、すーッと下りてきた。そして牛丸少年の頭に、その鍋のようなものがすっぽりかぶさった。
「あ痛ッ」鎖はぴーんと張った。そして鍋のようなものはしずかに持ちあがった。と、それに牛丸の頭髪が密着したまま、上へひっぱられていくのであった。


   あの手この手


「痛い、痛い」牛丸少年は宙吊《ちゅうづ》りになった。
 痛い。髪の毛がぬけそうだ。
前へ 次へ
全25ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング