て後をおっかけたことであろう。
「何じゃ、これは」三日月型の黄金メダルは、姉川の掌の上でさんざん宙がえりをやったが、その正体はこのひげ面男に理解されなかったようである。
「ぴかぴかしているが、これは鍍金《メッキ》だよ。それに半分にかけていちゃ、売れやしない。ああ、くたびれもうけか。損をしたよ」
ひげ面男は、黄金メダルを腹立たしそうにむしろの上に放りだすと、角灯をぱっと吹き消した。そしてごろんと横になった。しばらくすると、大きないびきが聞えてきた。空腹をおさえて、ひげ面先生は睡ってしまったのである。
それから数時間たって、夜が明けた。
ひげ面男の姉川五郎は、早起きだった。もっとも朝日が第一番に祠の破れ目から彼の顔にさしこむので、まぶしくて寝ていられなかった。
彼は、むしろの上に起きあがって、たてつづけて大あくびを三つ四つやって、ぼりぼり身体をかいた。それから何ということなくあたりを見まわした。すると、ぴかりと光ったものが、彼の充血した眼を射た。
「何? ああ、昨夜《ゆうべ》の屑《くず》がねか。おどかしやがる」
彼はひとりごとをいって手を延《の》ばすと、むしろの上から黄金メダルをひろいあげた。そして朝日の下で、また裏表をいくどもひっくりかえして見た。
「鍍金にしてはできがいいわい。まさか、本ものの金じゃなかろうね。おい屑がねの大将、おどかしっこなしだよ。おれはこう見えても心臓がよわい方だからね」
彼は黄金メダルを手にして、左右をふりかえった。角灯が目にはいった。それを引きよせ、その角のところで、黄金メダルを傷つけた。メダルは楽に溝《みぞ》がきざみこまれ、下から新しい肌がでてきた。それを姉川五郎は、陽《ひ》にかざして目を大きくむいて見すえた。
「おやおや。中まで金鍍金《きんメッキ》がしてあるぞ。えらくていねいな仕上げだ。……待て、待て。これは、本ものの金かもしれんぞ。そんなら大したものだ。叩き売っても、一カ月ぐらいの飲み料ははいるだろう。善は急げだ。さっそくでかけよう」
姉川は、黄金メダルをポケットの中へねじこんだ。それから彼は、腰縄をといて、外套をぽんと脱いだ。それから手を天井《てんじょう》の方へ延ばして、天井裏をごそごそやって、そこに隠してあった上衣《うわぎ》をとりだして、それをジャケツの上に着た。それからもう一度天井裏へ手をやると、帽子をだしてきた。それをぼさぼさ頭にのせたところを見ると、型はくずれているが、船乗《ふなの》りの帽子だった。それから彼は、賽銭箱《さいせんばこ》の中から破れ靴をだして足につっかけズボンをひとゆすり、ゆすりあげてから、悠々と石段を下りていった。
こんな一大事が発生しているとは知らず、春木少年は八時ごろにお稲荷さんへのぼってきた。
昨夜、宝ものを椋の木の根方に埋めたが、埋め方がうまかったかどうか、それを検分するために、彼は朝早く崖をのぼってやってきたのである。
「ああッ!」彼の目は、すぐさま、異常を発見した。椋の木の根方はむざんに掘りかえされてある。春木少年は青くなって、そこへとんでいった。
「やられた」土の上に膝をついて、掘りかえされた穴の中を探ってみたが、昨夜彼が埋めたものは、影も形もなかった。そばを見れば目印においた丸石が放りだしてある。彼はがっかりした。そこに尻餅をついたまま、しばらくは起きあがる力さえなかった。
(失敗《しま》った。やっぱり、机の奥にしまっておけばよかったんだ。あわててもちだしたり、うっかりこんなところへ埋めたり、とんでもないことをしてしまった。せっかく戸倉老人が呉《く》れたのに、おしいことをした。……しかし誰がここから掘りだして持っていったのだろうか)
春木少年は、大がっかりの底から、ようやく気をとり直して立ち上った。
(なんとか取返したいものだ。まだ、絶望するのは早かろう)
少年は、推理の糸口をつかみ、それからその糸を犯人のところまでたぐっていくために、境内《けいだい》をぶらぶらと歩きだしたが、そのとき生々しい足跡が祠の前からこっちへついているのを発見し、
「これかもしれない」
と、緊張した。彼は祠の中をのぞきこんだ。
その結果、彼は姉川五郎の寝室があるのを見つけた。
「ぼくはうっかりしていた。ここにいた男に見られちまったんだよ」くやし涙が、春木少年の頬《ほお》をぬらした。いくらくやんでも諦《あきら》めきれない失敗だった。
もしや祠の中のどこかに黄金メダルをかくしていないであろうかと思い、彼は祠の中へはいあがって、念入りにしらべた。だが、そんなものはあろうはずがなかった。ただ、彼は祠の破れ穴のところに、絹の焼け布片がひっかかっているのを発見し、声をあげてよろこんだ。
黄金メダルとこれとの両方を失ったかと思ったが、焼け布片だけでも自分の手にもどってくれたことは、不幸中の幸であると思った。この上は、この焼け布片は大切に保管し、二度とこんなことにならないようにしなくてはならないと思った。姉川五郎は、黄金メダルを握って、どこへいったのであろうか。
二つに割れている黄金メダルの一つは、こうして春木少年の手からはなれてしまった。もう一つは、六天山塞《ろくてんさんさい》の頭目《とうもく》四馬剣尺《しばけんじゃく》の手から猫女《ねこおんな》の手へ移った。このあと、この二つの貴重なる黄金メダルは、いかなる道を動いていくのであろうか。メダルの二つの破片がいっしょになるのは何時のことか。
それにしても、この黄金メダルに秘められたる謎はどういうことであろうか。事件はいよいよ本舞台へのぼっていく。
少年探偵なげく
まったく春木少年は、がっかりしてしまった。
もうなにをするのも、いやであった。自分のすることは何一つうまくいかないことが分った。彼はすっかりくさってしまった。
瀕死《ひんし》の戸倉老人が、いのちをかけて、かれ春木少年にゆずってくれた大切な黄金メダルの半ぺら! あれが、今ではもう彼の手にないのだ。
(お稲荷さまだから、どろぼうから守ってくれると思っていたのに……)
境内《けいだい》の木の根元に、うずめたのが運のつきであった。誰かがさっそく掘りだして持っていってしまった。
(きっと、あの祠に寝起《ねおき》している男にちがいない)
春木少年は、あれからいくどもお稲荷さんの崖《がけ》にのぼって、裏手からそっと祠をのぞいた。だが、いつ見ても、破《やぶ》れござが敷きっぱなしになっているだけで、主人公の姿は見えなかった。
春木は、がっかりしたが、いくどでもくりかえしあそこへいってみる決心だった。
黄金メダルを盗まれたことも、くやしくてならない大事件だったが、それよりも町中にひびきわたった大事件は、牛丸平太郎《うしまるへいたろう》少年がヘリコプターにさらわれたことだった。
なにしろ、そのさらわれ方が、あまりに人もなげな大胆なふるまいで、親たちも近所の者も手のくだしようがなく、あれよあれよと見ている目の前で、ヘリコプターへ吊りあげられ、そのまま空へさらわれてしまったのだ。
警官隊の来ようもおそかった。またたとえ間にあったとしても、やはりどうしようもなかったにちがいない。飛行機を持っていない警官隊は、どうしようもない。
牛丸平太郎は、みんなにかわいがられていた少年だから、この誘拐《ゆうかい》事件の反響も大きかった。ことに、その前に春木君が山の中で、行方不明になった事件のとき、牛丸君が誰より早くこれを知らせたことで、牛丸少年を知っている人は多かった。
春木としても、一番仲よしの友だちを、そんなひどい目にされたので、くやしくてならなかった。それで、ぜひ捜査隊《そうさたい》の中へ加えて下さいと、先生にまでとどけておいたほどである。
「ああ、そうか。それはいいね。この前は、牛丸君が春木君の遭難を知らせた。こんどはその恩がえしで、春木君が牛丸君を探しにいくというわけだね。まことにいいことだ」
と、受持の主任《しゅにん》金谷《かなや》先生は、ほめてくれた。
「先生。牛丸君は、なぜさらわれていったのでしょうか」
その時春木は、先生にたずねた。
「それがどうも分らないんだ。牛丸君の家は旧家《きゅうか》だから、金がうんとあると思われたのかもしれないな。そんなら、あとになって、きっと脅迫状《きょうはくじょう》がくるよ」
「脅迫状ですか」
「うん。牛丸平太郎少年の生命《いのち》を助けたいと思うなら、何月何日にどこそこへ、金百万円を持ってこい――などと書いてある脅迫状さ。しかしほんとは牛丸君の家は貧乏しているので、そんな大金はないよ。もしそう思っているのなら、賊の思いちがいさ」
金谷先生は、牛丸君の家の内部のことをよく知っているらしかった。
「それじゃあ、なぜ牛丸君は、さらわれたんでしょうね」
「分らないね。牛丸君は、君のようにとび切り美少年《びしょうねん》だというわけでもないし……そうだ、君は何か心あたりでもあるんじゃないか。あるのならいってみなさい」
と、金谷先生は春木の顔をじっと見つめた。
そのとき春木は、例の生駒《いこま》の滝《たき》の事件のことをいってみようかと思った。あのときからヘリコプターにねらわれているのではなかろうかといい出したかった。しかし春木は、それをいったら、あの黄金メダルのことまでうちあけてしまいたくなるだろうと思った。その黄金メダルは、今はもう彼の手もとにないのだ。すべてあれからあやしい糸がひいているように思う。それなら、ここで先生にうちあけてしまった方がいいのではないか。
だが、春木は、ついに、それをいいださずにしまった。
そのわけは、彼が口をひらこうとしたとき、そばを立花カツミ先生が通りかかったためである。この女の先生はスミレ学園につとめているが、方々の学校へもよく来る。そして体操の話をしたり、あたらしい体操や運動競技を教えていくのだ。
「やあ、立花さん」と、金谷先生が声をかけた。
「おや、金谷先生。こんなところにいらしたんですか」
と、立花先生は、そばへ寄ってきた。春木は、おじぎをして、二人の先生の前を離れた。そういうわけで、彼は黄金メダルまでの話をいいそびれてしまったのだ。
このとき春木には聞えなかったけれど、神さまは口のあたりに軽い笑いをおうかべになり、悪魔はちょッと舌打ちをしたのであった。なぜだろう。
絹《きぬ》のハンカチの文句《もんく》
その夜にも二回、その次の日の朝にも三回、春木少年はお稲荷さんの祠を偵察《ていさつ》した。
だが、彼が見たいと思った浮浪者の姿を見ることはできなかった。その浮浪者は、その夜はとうとうこの祠の中の寝床へはかえってこなかったのである。
(なぜ、帰ってこないのだろうか。ひょっとしたら、あの黄金メダルを売りにいって、お金がはいったから、帰ってこなかったのではあるまいか)
春木少年の推理はするどく、かの姉川五郎の気持をある程度まで、ぴったりあてた。
困《こま》った。売ったのなら、その売った先をいそいで探さないと手おくれになる。といって、それを聞くには浮浪者が帰ってこないと、聞くわけにいかない。彼はまたもや昨日の失敗がくやまれてくるのだった。
(ぐずぐずしていると、ますます工合《ぐあい》が悪くなる!)
少年にも、そのことがはっきり分った。
「そうだ。ぼくは、なんというバカ者だったろう。盗まれるなら、あの黄金メダルに彫《ほ》りつけてあった暗号文みたいなものを、べつの紙にうつしとっておけばよかったんだ」
ああ、そう気がつくのが、おそかった。
黄金メダルは、もう春木少年の手にはないのだ。まったく注意が足りなかった。人に見せまい、大切に大切にしようと思って、黄金メダルの暗号文もよく見ないで、しまっておいたのだ。
「ハンカチがある。あれにも字が書いてあった。そうだ、あのハンカチも、いつ盗まれるか知れない。今のうちに、文句をうつしておこう」春木は、やっと今になって、本道へもどった。しかし彼は、本道へもどるまでに、二度も大失敗をくりかえしている。
少年
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