プターの中へずんずん引きあげられているのにちがいない。
ヘリコプターは、この離れ業をたいへんすばしこくやってのけると、早やぐんぐん上昇を始めた。
「ひどい奴《やつ》だ」
春木は、むちゃくちゃに腹が立った。しかしどうすることができようか。
相手は、自分たちが持っていない文明の利器《りき》を使って、好きなことをやってのけるのだ。手だしができやしない。
ヘリコプターは、ぐんぐん舞いあがり、それから予想していたとおり、山を越えて、北の方へいってしまった。
(もうおしまいだ。ああ、かわいそうな牛丸君よ。……しかし賊どもは、君を誘拐してって、どうするつもりだろうか。君は、なんにも関係がないのに……)
春木少年はそう思って、すこしばかり心が痛んだ。自分の身替《みがわ》りに、牛丸君が誘拐されたのではないかと気がついたからである。やっぱり、黄金《おうごん》メダル探しが目的なんだろう。
あのとき生駒の滝の前で、自分は既に黄金メダルを戸倉老人からゆずられ、そして老人のいうところに従って、ヘリコプターから見られないようにするため、岩かげにかくれた。
ところがそこに大きな穴があいていて、自分はその中へ落ちこんだ。
そのあとへ牛丸君がきた。そしてヘリコプターに乗っていた悪者どもから見られてしまったのだ。戸倉老人が誘拐されてって、黄金メダルを調べられたが、持っていなかったので、それではあの少年に渡したのではあるまいか、なにしろ戸倉老人は重傷であったから、倒れていた位置を動くことはできなかったはずだ。そういう考えから悪者どもは牛丸君を今夜奪っていったのであろう――と、春木少年はこのように推理を組立ててみたのである。
そのあとに、新しい不安が匐《は》いあがってきた。それは、「悪者どもが牛丸君を調べて、黄金メダルなんか知らないことが分ったら、悪者どもはその次はどうするであろうか。こんどは自分を誘拐にくるのではなかろうか。いや、なかろうかどころではない、悪者どもは必ず自分を襲うにちがいない」と気がついたからである。
「いやだなあ。これはたいへんだ」
春木少年は身ぶるいした。どうしたら助かるだろうか。どうしたら安全になるであろうか。
それは警察の保護をもとめるのが一番よいと思われた。
「だが、待てよ」
警察の保護を受けるのはいいが、そうなると、あの黄金メダルのことも公《おおや》けに知られてしまう。すると戸倉老人の心に反することになりそうだ。また、せっかくここまで秘密にしてきたこの謎の宝ものを、むざむざと世間に知らせてしまうのは惜しい気がする。それから始まって、全世界に知れわたると、われもわれもと宝探し屋がふえて、結局、春木自身なんかのところへその宝は絶対にころげこんでこないであろう。
春木少年は、やはり人間らしい慾《よく》があったために、黄金メダルを警察へ引きわたすのは、もうすこし見合わすことにした。
「しかし、そうなると、どうしたら安全になるだろうか。自分の生命も安全、黄金メダルも安全、という方法はないものか」そう考えているとき、目の下の校舎の窓にぱっと明かりがついた。
スミレ学園
それはスミレ学園の校舎であった。スミレ学園というのは有名な私立学校であって、下は幼稚園から、上は高等学校までの級《クラス》を持っていた。どの組も人数が少く、先生は多く学費はかなり高価であったが、ここで教育せられた生徒はたいへんりっぱであったから、入学志望者は毎年五六倍もたくさん集った。
灯《あかり》のついたのは、室内運動館であった。その二階の一室に灯がついたのである。運動をする場所は床から二階までぶっ通しになっているが、その外にすこしばかり小さい部屋が一階と二階についていた。一階は運動具をおさめる室などがあり、二階は図書記録室の外に、宿直室があった。今はこの宿直室は体操の先生である立花《たちばな》カツミ女史が寝泊りしていた。この先生は、列車に乗って遠方から登校するので、翌日も授業のある日は、ここに泊っていく。
春木少年は、自分の学校の先生ではないが、立花先生を見おぼえていた。なにしろ女史は目につく婦人だった。背丈《せたけ》が五尺五寸ぐらいある、すんなりと美しい線でかこまれた身体を持っていた。そしてととのった容貌《ようぼう》の持ち主で、ただ先生であるせいか、冷たい感じのする顔であった。春木少年は、東京に住んでいたころ、近所にこの立花先生によく似た婦人があったので、先生の顔はすぐおぼえてしまった。
立花先生のことを、このへんの子供は、タチメンとよんでいた。それは身体が長い銀色の魚タチウオに似ていて、先生は女だからメスで(この町ではメスのことをメンという)つづけていうとタチウオのメン、つまりタチメンという綽名《あだな》がついたのである。
春木少年は、今ごろなぜ立花先生が起きたのであろうかとふしぎに思った。先生ではなく、他の人が灯をつけたのかとも思った。しかしそのとき先生の顔が窓ぎわにあらわれた。そしてちょっと外を見てから、急いでカーテンをひいた。それだけのことであったが、タチメン先生にちがいなかった。
「そうだ。タチメン先生に、この黄金メダルを預ってもらおう。先生なら、女だけれど、体操の先生だから強いだろうし、秘密をまもって下さいといえば、承知して下さるだろう。そうすれば、ぼくも黄金メダルも安全になるのだ」
春木は、そう考えついた。
彼は、そのつもりになって、そこをでかけようとしたとき、急に事態がかわった。というのは、川向うの牛丸君の家の前でさわぎが起っているのが見えたからだ。どうやら家の人が外へとびだして、救いをもとめているようであった。家の人たちは、今まで家の中で悪者どもにしばられていて、縄をほどくことができなかったのであろう。
「これは、こうしていられない。ぼくもすぐいって、さっき見たことを家の人に教えてあげなくてはならない」
この方が急を要することだった。春木少年は走りだしたがまたもや戻ってきた。彼は、そこに聳《そび》えている椋《むく》の木の根方を、ありあわせの石のかけらで急いで掘った。
しばらくして、彼が手をとめると、根方には穴が掘れていた。春木少年はポケットをさぐって、黄金メダルと絹《きぬ》ハンカチの燃えのこりをだした。それからそれを鼻紙に包んだ。その包を、穴の中に入れた。それから、土をどんどんかぶせた。そして一番上に弁当箱ほどの丸い石を置き、それからまわりを固く踏みかためた。
「まあ、一時こうしておこう。でないと、牛丸君の家の前までいったとき、もしも悪者が残っていて、ぼくをつかまえでもしたら、大切な宝ものをとられてしまうからなあ」
春木少年は、どこまでも用心ぶかかった。
そうなのである。油断はならないのだ。さっきヘリコプターが牛丸君をつりあげ、そして仲間をひっぱりあげて空へ舞いあがっていったが、あのとき河原に一人だけ残っている者があったではないか。それは誰であるか分らなかったけれど、もちろん悪者の仲間にちがいない。彼はそれからどこへいったか見えなくなってしまったが、いつひょっくり姿を現わすかしれないのだ。あんがい近所の塀のかげにかくれて、牛丸君の家の様子を監視しているのかもしれない。そうだとすると、あそこへ大切な宝ものを持っていくのはやめたがいいのだ――と、春木少年は考えたのである。
黄金メダルは春木少年の身体をはなれたので、彼は身軽《みがる》になった。彼は崖の小道を、すべるようにかけ下り、牛丸君の家の方へ走っていった。
息せき切って、牛丸君の家の前へいってみると、はたしてそのとおりだった。牛丸君のお父さんやお母さんが気が変になったようになってさわいでいた。近所の人々も、だんだん集ってきた。そのうちにエンジンの音がして、警官隊が自動車にのって、のりつけた。
牛丸君のお父さんの話によると、四名の怪漢《かいかん》がはいってきて、ピストルでおどかしたそうである。強盗と同じだ。そして牛丸君をひっとらえると、ちょっと用があるからきてくれ、生命には別条ないから心配いらない、しかしいうことをきかないと痛い目にあうぞ、といって、牛丸君を外へつれだしたという。家の人はピストルでおどしつけられ、縄でぐるぐる巻きにされていたので、牛丸君を助けることができなかったということだ。
それから先のことは、春木少年がお稲荷《いなり》さんの崖の上から月明《つきあ》かりに見ていたとおりだった。
「警察はもっと早くきてくれないと、だめだなあ」
と、近所の人がいった。
「そうだ、そうだ。それに自動車ぐらいもってきたんじゃだめだ。相手は飛行機を使って誘拐するんだから、警察もすぐ飛行機で追っかけないと、いつまでたっても、相手をつかまえることができない」別の人が、そういった。
全くそのとおりであった。しかし警察の方では、そんなにきびきびやれない事情があるようであった。
春木少年は、牛丸君の両親に、お見舞だけをいって、さよならをした。この間のカンヌキ山のぼりのことをいわれるかと思ったが、両親ともそのことについてはなにもいいださなかった。それよりも一刻も早く息子を取りかえしてもらいたいと警察の人にすがることに一生けんめいだったのである。
ひげ面男《づらおとこ》の登場
崖《がけ》の上のお稲荷《いなり》さんでは、春木少年が黄金メダルを埋《うず》めていってしまった後、おかしなことが起った。
それは、お稲荷さんの荒れはてた祠《ほこら》の中から、一人の人物が、のっそりとでてきたのである。
その人物は、まず両手をうんとのばして、
「あッ、あッ、ああーッ」と大あくびをした。
月に照らしだされたところでは、彼の顔は無精《ぶしょう》ひげでおおわれ、頭もばさばさ、身体の上にはたくさん着ていたが、ズボンもジャケツも外套《がいとう》もみんなひどいもので、破れ穴は数えられないほど多いし、ほころびたところはそのままで、ぼろが下っていた。外套にはボタンがないと見え、上から縄でバンドのようにしばりつけてあった。放浪者《ほうろうしゃ》であった。
「さっきから見ていりゃ、あの小僧め、へんなまねをしやがったぜ。いったい、あの木の根元に何を埋めたのか、ちょっくら見てやろう。食えるものなら、さっそくごちそうになるぜ」空腹《くうふく》を感じていると見え、そのひげの男は舌なめずりをして、下へ下りてきた。そしてのっそり、崖の上の椋《むく》の木のところまでいった。
彼はすぐ埋めてある場所を発見した。そうでもあろう、春木少年が踏みつけていったすぐあとのことだから、気をつけて探せば、すぐ目にとまる。
「ははあ。この石が目印ってわけか」ひげ面男は石をけとばすと、そこへしゃがみ、両手を使って土をかきだした。間もなく彼は目的物をつかんで立ち上った。
「なあんだ、これは……」彼はあてが外れたという顔つきで、紙包を開いて中を見たが、よく正体が分らないので、それを持ったまま、祠の方へひきかえしていった。
祠の傾《かたむ》いた屋根をくぐり、格子の中へはいると、御神体《ごしんたい》をまつった前に、三|畳敷《じょうじ》きぐらいの板の間があり、そこに破れむしろが敷いてあった。そこがこのひげ面男――姉川五郎《あねがわごろう》の寝室であった。
彼は、むしろの上にごろんと寝ると、隅っこのところへ手をのばして、ごそごそやっていたが、やがてその手が、船で使う角灯《かくとう》をつかんできた。彼はマッチをすって、それに火をつけた。この場所にはもったいないほどの明かりがついた。その下で、彼は紙包を開いた。
すると、絹の焼け布片《きれ》がでてきた。彼はそれを無造作《むぞうさ》にひらいた。こんどは黄金メダルがでてきた。ぴかぴか光るので彼はびっくりした。それを掌《てのひら》にのせて、いくども裏表をひっくりかえして、見入った。
絹の焼け布片の方は、紙と共にこの男の手をはなれ、折から吹きこんできた風のため、ひらひらと遠くへころがっていった。もしもこの光景を戸倉老人や春木少年が見ていたとしたら、おどろい
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