電灯をつけろ。大丈夫だ。今の女は、ここからでていったんだ。そしておれたちは、この部屋に閉じこめられているんだ」
頭目はわめきたてる。
そのとき、電灯がぱっとついた。眩《まぶ》しいほど明かるい。一同は見た。頭目が、次の部屋との間の扉のハンドルを握って、うんうんいっているのを見た。
「おお、頭目」
「みんなこい。この扉をこじあけろ。こわれてもさしつかえないぞ」
と、頭目は扉を放れて、指をさした。
そこで部下たちは集って、扉へどすーんと体あたりをくらわした。二度、三度、四度目に扉の錠がこわれて、扉は向こうにはねかえった。
「それッ」と頭目を先頭に、部下たちが続いて、そこから次の部屋へとびこんでいった。
急に部屋はしずかになった。
残っているのは、痩躯《そうく》鶴《つる》のような机博士と、それからもう一人は、椅子車《いすぐるま》にしばりつけられた戸倉老人だけであった。
老人は、気を失っていた。
机博士は天井《てんじょう》を仰いで、首をふった。
「はて、ふしぎなことだわい。まさか妖怪変化《ようかいへんげ》の仕業《しわざ》でもあるまいに……」
と、不審の面持《おももち》で、両手をズボンのポケットに突込んだ。
深夜の怪音
さて、話は春木少年と牛丸少年の上に移る。
春木少年は、生駒《いこま》の滝《たき》の前で焚火《たきび》をして、その夜を過ごしたことは、諸君もご存じのはずである。
牛丸少年の方は、この山道にも明かるいので、闇の道ながらともかくも辿《たど》り辿って、町まで帰りつくことができた。
牛丸君は、両親から叱《しか》られた。あまり帰りがおそかったので、これは叱られるのがあたり前である。
彼は、春木君が家へたずねてこなかったことを知り、念のために、春木君が起き伏している伯母《おば》さんの家へいった。
ところが、春木君はまだ帰ってこないので心配していたところだと、伯母さんは眉《まゆ》をよせていった。
それから大さわぎとなった。同級生や、その父兄が召集された。その数が二十名あまりとなった。
一同は提灯《ちょうちん》や懐中電灯を持ち、太鼓や拍子木《ひょうしぎ》や笛を持って暗い山中へ登っていった。
「迷い児の迷い児の春木君やーい」世の中が進んでも、迷った子供を探す呼び声は大昔も今も同じことであった。
「迷い児の迷い児の春木君やーい」
どんどんどん、どんどんどん。かあちかち、かちかちッ。
にぎやかに山を登っていった一行は、生駒の滝の前に焚火があるのを発見し、それに力を得て近づいてみると、当の春木君が火のそばで、いい気持にぐうぐう睡っているのを見出し、やれやれよかったと、胸をなで下ろした。
二人は、もう一度叱られ直して、山を下り、無事にめいめいの家へはいった。
その翌日になると、二人のことは町内にすっかり知れわたり、学校からは受持の先生が見えるというさわぎにまでなって、ふだんはのんき坊主の二人もすっかりちぢこまってしまった。
生駒の滝事件のことは、二人の口からもれたので、遂には警察署にまで伝わり、その活動となった。二少年も証人として現場へ同行した。
機銃弾は発見されたが、血だまりは雨に洗われたためか、はっきりしなかった。
ヘリコプターがとんできて、空中|吊上《つりあ》げの放《はな》れ業《わざ》をやったことは、牛丸少年の話だけで、それを証明するものがなかった。この次に、そういうものが飛んでいるのを見たら、気をつけることに申合わせができただけだ。
春木少年は、戸倉老人からゆずられた黄金メダルなどのことについては、遂にいわなかった。彼は、そのことについて牛丸に話すこともしなかった。彼は、このことについてゆっくりと、自分でできるだけの研究をしてみたいと思った。その上で、話した方がいい。時がきたら、牛丸にも話をするつもりだった。
なにしろ瀕死《ひんし》の戸倉老人が彼に残していったことばによると、黄金メダルの件は、非常な機密であって、うっかりこれに関係していることを洩《も》らしたが最後、思いがけないひどい目にあうにちがいないと思われた。現に、あの好人物《こうじんぶつ》の老人がむごたらしく瀕死の重傷を負っていたこと、それにつづいて牛丸君が見たとおり、老人がヘリコプターで誘拐《ゆうかい》されたそのものものしさから考えて、これはうっかり口にだせないと、春木少年を警戒させたのだ。
だが、春木少年は、その謎を秘めた宝の鍵・黄金メダルの片われと、小文字でうずめられた絹《きぬ》ハンカチの焼けのこりを、いつまでも厳封《げんぷう》して机のひきだしの奥に収《しま》っておくことはできなかった。それは三日目の夜に入ってのことであったが、春木君は自分の勉強部屋にはいって、ぴったり扉をしめて錠をかけ窓にはカーテンを引き、それから例の二つの宝の鍵の入った包を取出して、机上《きじょう》のスタンドのあかりの下に開いてみた。ぴかぴか光る三日月形《みかづきがた》の黄金片と、焼けこげのある絹ハンカチの一部とは、共に無事であった。
「ああ、ちゃんとしていた」
と、春木少年は自分の胸をおさえた。
「ふふふふ。ぼくは、この間の事件から、いやに神経質になったようだぞ。こんなものは、何んでもないんだ。おもちゃみたいなものだ。あの戸倉とかいった老人は、気が変になっていたんじゃないかなあ」彼は、今までと反対の心になって、二つの宝の鍵をばかばかしく眺めた。
「だが、これはほんとの金かな」
彼は、黄金メダルを手にとって撫《な》でてみた。なかなか美しい。そして重い。やっぱり黄金《きん》のように見える。黄金なら、これだけ売っても大した金になる。
(いっそ、売ってしまってやろうか。売ってしまえば、めんどうなことはなくなる。それがいい、そのうち貴金属商《ききんぞくしょう》に、そっと見せて、値段がよければ売ってしまってやれ)
そんなことを考えていたとき、夜の静けさをついて空の一角から、ぶーンとにぶい唸《うなり》が聞えてきた。
春木は、はっと目をかがやかした。
「飛行機が飛んでいる。まさかこの間のヘリコプターではないだろうが……」耳をすましていると、どうもふつうの飛行機の音とはちがう。
「あッ、ヘリコプターだ。いけないぞ」
彼は、机上のスタンドのスイッチをひねって、室内をまっくらにした。そして手さぐりで、二つの宝の鍵を包んで、元のようにひきだしの奥へおしこんだ。
ヘリコプターの音は、だんだんこっちへ近づいてくるようだ。春木少年は、急に恐怖におそわれ、がたがたとふるえだした。
「分った。ぼくの黄金メダルを奪いにきたんだ。それにちがいない」春木少年は、そう思った。
たいへんである。彼は生駒の滝の前で、あの黄金メダルを死守《ししゅ》した戸倉老人が、賊のためどんなにひどい目にあったかを思いだした。それからとつぜん滝の前へおりてきたヘリコプターが、倒れている戸倉老人に対して猛烈な機関銃射撃をやったあげくに、老人を吊りあげて飛び去ったことを思いだした。これは牛丸君から聞いたことだが、おそらくほんとうであろう。
どこまでも手荒《てあら》い賊どものやり方だ。最新式の乗り物や殺人の器械を自由に使いこなして、必ず目的を達しないではやまないというすごい賊どもだ。
「ぼくなんか、とてもかなわないや。これはおとなしく黄金メダルを渡した方が安全だよ」
春木少年は、抵抗することの愚《おろ》かさをさとった。だが、くやしい。
「……待てよ。戸倉老人は、生命にかけて、黄金メダルを賊どもに渡すまいと、がんばったのだ。それをぼくがゆずり渡されたんだから、ぼくも生命にかけて、これを守るのがほんとうじゃないか」
少年の気が、かわってきた。すると恐怖がすうーッとうすれていった。
「よし。逃げられるだけ逃げてやれ」
春木は考え直した。そしていったんしまった黄金メダルと絹のきれとを再びとりだし、すばやくズボンのポケットにねじこむと、裏口からそっと外へでた。
ヘリコプターは、いよいよ近くに迫っていた。
信号灯《しんごうとう》か標識灯《ひょうしきとう》かしらないが、色電灯《いろでんとう》がついているのが見える。
春木は、首をちぢめて、塀《へい》のかげにとびこんだ。二十日あまりの月明《つきあ》かりであった。姿を見られやすいから、行動は楽でない。
彼はヘリコプターから見つけられないようにと、塀づたいに夜の町をぬって、山手へ逃げた。
二百メートルばかりいくと、そこから向こうは急に高く崖《がけ》になっていた。崖の上には稲荷神社《いなりじんじゃ》の祠があった。このごろのこととて屋根はやぶれ軒は傾き、誰も番をしていない祠だった。春木は、その石段をのぼることをわざとさけ、横の方についている草にうずもれた急な小道をのぼっていった。もちろん姿を見られないためだった。
崖の上にのぼりついて、彼はほっとした。ここなら、まず、大丈夫である。
というのは、ここは山の裾《すそ》で、ひどい傾斜《けいしゃ》になっている。稲荷神社のまわりには、古い大きい木がぎっしりとり囲んでいて、枝がはりだして隙間《すきま》のないほどだ。それに境内《けいだい》もごくせまい。ここなら、ヘリコプターが下りてこようとしても、翼《つばさ》が山の木にさわって、とてもうまくいかないであろう。春木は、そういう推理にもとづいて、崖の上のお稲荷さんへかけあがったのである。
おそろしき事件
おそろしい事件が、この時には既《すで》に、あらまし終っていたのだ。
今、その最後の仕上げが行われつつあった。
さて、それはどういう事件であったろうか。
ヘリコプターがだんだんこっちへ近づいてくるので、春木は不安になった。ヘリコプターは、このままの方向で飛びつづけると、お稲荷《いなり》さんのうしろの山に、ぶつかるにちがいなかった。春木は、自分がここにいることを、やっぱりヘリコプターに見つけられたかと思ったくらいだ。
ところがヘリコプターは、お稲荷さんの方までは飛んでこなかった。その途中にある河原《かわら》の上と思うあたりで、得意の空中足ぶみをはじめたのである。
その河原は、春木のいるところからは右手に見えていたが、その川は芝原水源地《しばはらすいげんち》のあまり水が流れていて、末《すえ》は湊川《みなとがわ》にはいるのだ。
「何をするつもりかなあ」
と春木は、こわごわ崖の上の木立のかげからのびあがってその方を注意していた。
すると、河原の向う岸に、四五人の人影が固まって歩いているのに気がついた。彼らは上流の方へ向って歩いている。が、とつぜん彼らはひっかえした。影が長くなった。その先頭に、小さい影が一つ走っていた。
その小さい影は、ある一軒の家の石段にあがりかけた。とあとの群が、その小さな影の上に重《かさ》なった。
人影の群は、ふたたび前のように、岸の上を上流に向って歩きだした。彼らは固まっていた。
そして小さい影は、彼らの頭の上にかつがれているらしかった。
春木は、このとき、どきんとした。
「あ、あの家は牛丸君の家だ。……すると、もしや。あの小さい人影は、牛丸君ではなかったか」
はっきりした理由は分らないけれど、牛丸君も自分も、この間からヘリコプターの賊と因縁《いんねん》がついて、なんだかいつも睨《にら》まれているような気がしてならなかった。
だから春木は、すぐ牛丸君が誘拐《ゆうかい》されていると、かんづいたわけである。そしてそれはほんとうに正しい観察であった。
牛丸少年をかつぎあげた怪漢《かいかん》の一同は、それから間もなく白い河原の中へ下りていった。そこには、おあつらえ向きにヘリコプターが上に待っていて、綱《つな》だか縄梯子《なわばしご》だかを下ろしてあった。
彼らが、その梯子にとりついて、だんだん上へひきあげられていくのが見えた。ただひとり河原に残っていた人影があったが、それは大きな人影であって、牛丸君ではなかったようである。このとき牛丸君は、あの戸倉老人のときと同じように、綱にくくりつけられ、ヘリコ
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