の半ペラがないから、完全な意味はわからないが、聖骨を守る……という言葉があるからには、黄金メダルに書かれた文句は、この塔内の、この一室を指《さ》しているのではあるまいか。
 そうなのだ!
 それにちがいないのだ。しかし、そうはわかっても、黄金メダルの他の半ペラのない悲しさは、それ以上の謎《なぞ》は解きようもない。それはさておき、館内の見物に手間どっているうちに、すっかり日が暮れて、雨さえポツポツ降ってきた。まえにもいったとおり、ヘクザ館は人里《ひとざと》離《はな》れた山岳地帯にあるのだから、こうなっては、辞去《じきょ》することもできないのである。一行は途方《とほう》にくれた面持《おもも》ちをしていると、親切な老院長が、一晩泊っておいでなさいとすすめてくれた。そして、粗末《そまつ》ながらも、夜食をふるまってくれたのである。
 実をいうと、これこそ、一行の思う壺であった。わざと参観に手間どったのも、ここで一夜を明したいばかりであった。
 さて、一行七人、館内の二階にある、ひろい寝室へ案内されると、すぐに額《ひたい》をあつめて協議をはじめた。
「問題はあの塔にあると思うのじゃがな。みんなも見たろうが、初代院長の聖骨をおさめてある壇、あの周囲がくさいと思うがどうじゃ」
「小父《おじ》さん、そうすると、四馬剣尺もあの塔を狙っているというのですか」
「ふむ、たしかにそうだと思う。それでどうじゃろう。今夜四馬剣尺がやってくるかどうかは疑問だが、ひとつ、あの塔を、われわれの手で調べてみようじゃないか」
 それに対して、誰も反対をとなえるものはなかった。
 そこで修道僧たちが寝しずまるのを待って、一行七人、こっそり寝室を抜けだすと、やってきたのは古塔の一室。
 時刻はすでに十二時を過ぎて、宵《よい》から降り出した雨は、ようやく本降りとなり、昼間はあれほど眺望《ちょうぼう》の美を誇《ほこ》った塔のてっぺんも、いまや黒暗々《こくあんあん》たる闇《やみ》につつまれている。
 一行はその闇のなかを、懐中電気の光をたよりに、あの聖壇のまえまできたが、そのときである。少年探偵団のひとりの横光君があっと小さい叫びをあげた。
「ど、どうしたの、横光君……」
「あの音……ほら、ブーンブーンという竹トンボのような音……」
 それを聞くと一同は、ギョッとしたように闇のなかで息をのんだが、ああ、なるほど、聞える、聞える、降りしきる雨の音にまじって、ブーンブーンとヘリコプターの唸《うな》り声。しかも、その音が、またたくまにヘクザ館の上空へちかづいてきたかと思うと、やがて、さっと上から探照灯《たんしょうとう》の光が降ってきた。
「あっ、しまった。ヘクザ館のありかを探しているのだ」
 戸倉老人が叫んだとき、ダダダダダと物凄《ものすご》い音を立てて、機関銃がうなりだした。ヘリコプターのうえからヘクザ館の周囲にむかって、機関銃の雨を降らせているのである。
「危い。みんな、物陰《ものかげ》にかくれろ」
 一行七人、蜘蛛《くも》の巣《す》を散らすがごとく、四方の壁にちると、カーテンのうしろに身をかくした。
 ダダダダダダダダダダ!
 機関銃のうなりはひとしきりつづいて、ヘクザ館の周囲の森に、弾丸が雨霰《あめあられ》と降ってくる。

   大団円《だいだんえん》

 やがて、機銃のうなりがピッタリやむと、ヘリコプターはヘクザ館の上空に停止したらしく、ブーンブーンといううなり声が、同じ方向から落ちてくる。
 ああ、わかった。わかった、四馬剣尺《しばけんじゃく》は今夜、空からヘクザ館を襲撃しようとするのだ。そして、そのために、誰もヘクザ館の塔へ近寄らせぬよう、空から威嚇射撃《いかくしゃげき》をやったのだ。修道僧たちは、おそらく、蒼《あお》くなって、自分の部屋でちぢこまっていることだろう。ああ、なんという、傍若無人《ぼうじゃくぶじん》の悪虐振《あくぎゃくぶ》り!
 少年探偵団の同志五人、それに戸倉老人と秋吉警部が、いきをこらしてカーテンのかげにかくれていると、知るや知らずや、やがて忽然《こつぜん》として、塔のなかへ入ってきたのは、木戸に仙場甲二郎それにつづいて机博士、最後が覆面の四馬剣尺。ヘリコプターが照らす探照灯《たんしょうとう》の光のために塔のなかは、昼よりもまだ明るいのである。一同はいま、ヘリコプターから縄梯子《なわばしご》づたいにおりてきたのであろう。脚が少しフラついていた。
「やい、机博士」四馬剣尺はヨチヨチとした足どりで、聖壇のまえまで近寄ると、われがねのような声で怒鳴《どな》った。
「さあ、いよいよ宝の山へやってきたぞ。いまわしが手を下せば、宝はたちどころにわしの手に入るのだ。どうだ。うらやましいか。貴様もおとなしくしていれば、少しはわけまえにあずかれるのに、わしを裏切《うらぎ》ったばかりに、宝の山へ入っても、手を空《むな》しゅうしてかえるよりほかはないのじゃ。わっはっは、わっはっは!」
 四馬剣尺が腹をかかえて笑っているとき、ギリギリと奥歯をかみ鳴らした机博士、物凄《ものすご》い形相《ぎょうそう》をしたかと思うと、いきなり四馬剣尺の体を背後《はいご》からつきとばした。
 と、これはどうだ。
 あのいわおのような体をした覆面《ふくめん》の頭目の体がふがいなくもフラフラよろめいたかと思うと、やがて、腰のへんからふたつに折れて、ドシンと床にひっくりかえった。
「おのれ!」四馬剣尺は覆面のなかで叫んだが、どういうものか、モガモガ床で、もがくばかりで、なかなか起きあがることができないのだ。木戸と仙場甲二郎が呆気《あっけ》にとられてみていると、やがて、四馬剣尺のダブダブの服のなかから、ピョコンととびだしてきたものは、ああなんと、小男と立花カツミ先生ではないか。
 カーテンの陰にかくれていた七人も驚《おどろ》いたが、それにも増してびっくりしたのは木戸と仙場甲二郎。まるで蛙《かえる》でも踏んづけたように、ギャッと叫んでとびあがった。
 このなかにあって、唯ひとり、腹をかかえて笑いころげているのは、悪魔《あくま》のような机博士だ。
「わっはっは、わっはっは、東西東西、覆面の頭目、四馬剣尺の正体とは、男のような女に肩車《かたぐるま》してもらった小男とござアい。わっはっ、わはっはっは! やい、その女、貴様は小男の娘だろう。そして、猫女とは貴様のことだな。貴様は親爺《おやじ》と同じ服のなかに入って、われわれをさんざんおもちゃにしやがった。やい、木戸、仙場甲二郎、相手はこんな小男と、たかが女とわかっちゃ何も恐れることはないんだ。こんなやつのいうことを聞くより、この机先生の乾分《こぶん》になれ。そいつらふたりをやっつけてしまえ」
 だが、このとき、机博士は、四馬剣尺の恐ろしい武器のことを忘れていたのだ。
 机博士は、最後の言葉もおわらぬうちに、
「あっちちちち」と、叫んで右の眼をおさえた。見ると、太い針がぐさりと右の眼につきささっている。
「あっちちちち」
 机博士はふたたび叫んで、今度は左の眼をおさえた。同じような太い銀の針が左の眼にもつっ立っている。
「あっちちちち、あっちちち、わっ、た、助けて……」
 小男のかまえた毒棒《どくぼう》からは、まるで一本の糸のようにつぎからつぎへと毒針《どくばり》がとびだしてくる。机博士はみるみるうちに、全身《ぜんしん》針鼠《はりねずみ》のようになって、床のうえに倒れ、しばらく七転八倒《しちてんばっとう》していたが、やがて、ピッタリ動かなくなった。
 これが悪魔のような机博士の最期《さいご》だったのだ。
 小男はヒヒヒヒと咽喉《のど》の奥でわらうと、
「どうだ、木戸、仙場甲二郎、おれの腕前はわかったか。おれを裏切ろうとするものはすべてこのとおりだ。どうだわかったか」
「シュ、シュ、首領……」
 木戸と仙場甲二郎は、あまりの恐ろしさにガタガタふるえながら、
「あっしは何も首領を裏切ろうなどと……」
「そうか、おれが小男とわかってもか。ふふふ、なるほど、おれは小男だが、ここにいる娘は恐ろしいやつよ。こいつはな、暗闇《くらやみ》でも眼が見えるのだ、そして、男より力が強く、人を殺すことなど、屁《へ》とも思っていないのだ」
「お父さん、何をぐずぐずいってるのよ。それより早く、鰐魚《がくぎょ》をのけて、二つの穴に黄金メダルを入れなさいよ」
 ああ、恐るべき立花カツミ。彼女は机博士が針鼠のようになって死ぬのを見ても、平然として眉《まゆ》ひとつ動かさなかったのだ。
「よし、よし、おい、木戸、仙場甲二郎、その壇《だん》のうえにある鰐魚を二つとものけてみろ。ああ、のけたか、のけたらそこに、穴が二つあるはずだが、どうだ」
「はい、首領《かしら》、ございます、ございます」
「ふむ、あるか、それではな、このメダルをひとつずつ入れてみろ。右の穴には右の半ペラ、左の穴には左の半ペラ……入れたか、よし、それじゃアな。おれが号令《ごうれい》をかけるから、それといっしょにぐっと押してみるんだぞ、一イ……二イ……三!」
 そのとたん、轟然《ごうぜん》たる音響《おんきょう》が、ヘクザ館の塔をつらぬいて、暗い夜空につっ走った。カーテンのかげにかくれていた一行七人は、一瞬《いっしゅん》、足下が水にうかぶ木の葉のようにゆれるのをかんじたが、つぎの瞬間、こわごわカーテンのかげから顔をだしてみると、こはそもいかに、木戸も仙場甲二郎も、小男も猫女も立花カツミ先生も、さてまた、針鼠のようになって死んだ机博士も、みんなみんな影も形もなくなっているではないか。春木少年はちょっとの間、狐《きつね》につままれたような顔をしていたが、やがてこわごわカーテンから外へでると、
「ああ、みんなきて下さい。あれあれ、あんなところに……」
 その声に、一同がバラバラとカーテンの影からとびだしてみると、聖壇《せいだん》のまえ方六メートルばかり、ぽっかりと床に大きな穴があいていて、そのなかを覗《のぞ》いてみると、数十メートルのはるか下に、黒ずんだ水がはげしく渦《うず》をまいていた。そして、その渦にまきこまれ、小男も、立花カツミ先生も、机博士も、木戸、仙場甲二郎も、みるみるうちに水底ふかく沈んでいったのである。
「おとし穴ですね」
「ふむ、おとし穴だ」秋吉警部は顔の汗をぬぐいながら、
「しかし、どうしてあんなことになったのでしょう。黄金メダルに書いてあることは、それでは、ひとをおとし入れるための、嘘《うそ》だったのでしょうか」
 戸倉老人はそれには答えず、聖壇の左の穴にはめこまれた黄金メダルの半ペラを取りだして、裏面《りめん》に彫《ほ》られた文字を読んでいたが、やがてにっこり笑うと、
「わかりました、かれらはこの贋物《にせもの》の半ペラにかかれた文句にだまされたのです。わしの持っている本物にはね、二つの半ペラを穴のなかに入れると、それより(壁際《かべがわ》に身を避《さ》け)ふたつのメダルを、(長き竿《さお》にて押すべし)と、なっているのです。ところがこの贋物では、それよりただちにふたつのメダルを(強く押すべし)となっています。そのために、海賊王《かいぞくおう》デルマが万一の場合の用意につくっておいた、罠《わな》のなかにおちたのです」
 ああ、それというのも自業自得《じごうじとく》だったろう。
 それはさておき、一同がおとし穴に気をとられているとき、キョロキョロとあたりを見廻《みまわ》していた牛丸平太郎が、突然《とつぜん》、
「あっ」と、素《す》っ頓狂《とんきょう》な声をあげた。
「あれを見い、みんな、あれを見い、えらい宝や、宝の山が吹きこぼれてるがな」
 その声に、弾《はじ》かれたようにふりかえった一同の眼にうつったのは、十字架のかかった翕《きゅう》が真二つにわれて、そこからザクザクと聖壇のうえに吹きこぼれてくる、古代金貨に宝玉《ほうぎょく》の類……ヘクザ館の塔なる聖壇のうえには、みるみるうちに七色の宝の山がきずかれていったのである。……

 四馬剣尺を頭目とする、悪人一味はすべて滅んだ。唯一人、ヘリコプターに乗った波立二のみ
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