大火傷《おおやけど》をした戸倉八十丸老人は、あれからすぐに、病院へかつぎこまれたが、さいわい、その後、経過は良好で、一週間もすると、ステッキ片手に、病院の庭を、散歩できるようになった。
その戸倉老人を、毎日のように見舞いにくるのは、少年探偵団の同志五人。探偵長株の春木少年をはじめとして、牛丸平太郎に田畑、横光、小玉の三少年である。
戸倉老人というひとは、海賊の宝を追うて生涯をはげしい冒険にささげてきただけに、いまだ家庭のあたたかみというものを知らず、ましてや、子供の可愛《かわい》さなど、いままで一度も考えたことのないひとだが、今度、こうして思わぬ負傷をし、病院で退屈《たいくつ》をもてあましている折柄《おりから》、毎日のように少年たちの見舞いをうけると、いまさら子供の可愛さ、無邪気《むじゃき》さというものをひしひしと感じ、平和な生活へのあこがれを、日一日と強くするのであった。
「ああ、おれももう年だ。一日も早く危険な冒険の世界から足をあらって、毎日こうして、子供たちと楽しく暮していきたいものだ」
戸倉老人の心には、そういう考えがしだいに深くなっていくのだが、少年たちはそれと反対に、戸倉老人の口から過ぎこしかたの冒険談をきくことを、このうえもなくよろこんだ。
アフリカの猛獣狩《もうじゅうが》り、熱帯での鰐退治《わにたいじ》、サワラ砂漠の砂嵐《すなあらし》、さてはまた、嵐に遭遇して、無人島へ吹きよせられた難破船《なんぱせん》の話など、戸倉老人の口から綿々として語りつがれるとき、少年たちはどんなに血を湧《わ》かせ、肉を躍《おど》らせたことだろう。少年たちは、いつの日にか、自分たちも、そういう冒険談の主人公になってみたいと夢想するのだった。
ああ、戸倉老人が平和を愛し、少年たちが、冒険に憧《あこが》れる、そこにこそ、人生の本当のすがたがあり、世界の進歩も、それなくしては得られないのだ。
それはさておき、今日も今日とて、見舞いにきてくれた五少年をあつめて、戸倉老人が楽しそうに昔の思い出を語っているところへ、やってきたのが秋吉警部。
「やあ、相変らず、みんなきてるな」
「ああ、警部さん、今日は」
「警部さん、今日は」
少年探偵団の同志五人が、帽子をとって、警部ににこにこ挨拶《あいさつ》をするのを、戸倉老人は眼を細めて眺めながら、
「警部さん、聞いて下さい。この子たちが毎日きてくれるので、わしはどんなに楽しみだか知れません。ちかごろではもう、すっかり子供にかえった気持ちで、いつまでも、こうして、平和に暮したいと思うくらいです」
「ははははは、あなたも変りましたな。しかし戸倉さん、あなたが、そういうふうに平和を愛されるようになったのは結構だが、そのまえに、ぜひとも解決しておかねばならぬ問題がありましょう」
「むろんです。あの四馬剣尺のことでしょう。わしはもちろん、最後まであいつと闘う決心じゃが、警部さん、その後、あいつらの動勢《どうせい》について、何か情報が入りましたか」
「はあ、若干の情報は入っています。しかし、戸倉さん、それよりまえにお聞きしたいのだが、あなたと四馬剣尺とは、いったい、どういう関係なのですか」
それをきくと戸倉老人は、しばらく眼をつむって考えていたが、やがてかっとそれを開くと、
「いや、お話しましょう。もう、こうなっては、何もかも洗いざらい打明けて、あなたがたの御援助《ごえんじょ》をこうよりほかにみちはない。まあ、聞いて下さい。こういうわけです」
と、そこで戸倉老人が打明けたのは、いつか山姫山《やまひめやま》の山小屋で、春木、牛丸の二少年に語ってきかせた話だが、戸倉老人はさらに言葉をついで、
「つまり、海賊王デルマから、黄金メダルの半ペラを譲《ゆず》られた、オクタン、ヘザールの二人の子孫《しそん》というのが、この戸倉と、四馬剣尺のふたりだが、この四馬剣尺というのは、まことに疑問の人物で、わしの聞いているところでは、ヘザールの子孫というのは、幼いときに病気にかかって、それきり身体が発育せず、いままでは小男になっているということを耳にした。それでも、年頃になると結婚して、娘がひとりできたということだが、まさか、その娘が、あの横綱のような大女であるはずがない。だから、わしにはどうも、あの四馬剣尺という覆面《ふくめん》の頭目が何者だか、さっぱり見当がつかんのじゃ」
戸倉老人の話をきいて、春木少年はキラリと眼をひからせたが、かれが口をひらくまえに、秋吉警部がからだを乗りだして、
「なるほど、なるほど、それでだいたい事情はわかりましたが、いつか殺されたチャンフーというのは……」
「ああ、あれですか」老人はちょっと暗い顔をして、
「あれは、まったく可哀そうなことをしました。なにあれは、わしの双生児《ふたご》でもなんでもない。海外を放浪中《ほうろうちゅう》、わしに生きうつしなところから、何かの役に立つだろうと思って、ひろってきた男じゃ。四馬剣尺の眼をくらますために、わしはチャンフーと名乗って、あの万国骨董堂をひらいたが、わしはしじゅう、出歩かねばならぬからだじゃ。そこで、近所のものに怪しまれてはならぬと思って、わしの留守中は、いつもあの男に影武者《かげむしゃ》をつとめさせていたのじゃ。それがあのようなことになって……」
戸倉老人は眼をしばたたいたが、なるほど、これで、はじめてわかった。いつか山姫山の山小屋で、戸倉老人が断乎《だんこ》として、チャンフーが殺されたなんて、そんなことはありえないのじゃ、といい放った言葉の意味が、これではじめて、納得できるのである。
まことのチャンフーとは、戸倉老人自身であったのだ。
「なるほど、それでだいたいの事情はわかりました。それでは、私のほうに入った情報をお話しましょう」
秋吉警部は手帳をひらいて、
「御老人からいつか、淡路島《あわじしま》一帯を捜索《そうさく》してみてくれというお話があったので、あちらの警察とも連絡をとって、虱《しらみ》つぶしに島内から、その沿岸《えんがん》をしらべたのですが、すると果然《かぜん》、耳よりな情報が入ったのです。まず、そのひとつは、淡路島の周囲《しゅうい》[#ルビの「しゅうい」は底本では「しゅい」]を、おりおり、怪しげな汽船が周遊《しゅうゆう》しているということ、それについで、ときどき、深夜《しんや》淡路島の上空に、竹トンボのような音がきこえるということ、更《さら》に、その竹トンボの音が常に旋回する中心をさぐってみると、そこはヘクザ館《かん》という、古い西洋建築があることがわかったのです」
「それだ!」突然、戸倉老人が手を叩いて叫んだ。
「それです、それです、警部さん、問題はそのヘクザ館にあるにちがいありません。海賊王デルマが、淡路島に根拠地をおいていたということは、古い文献《ぶんけん》にも残っています。その当時、デルマは善良《ぜんりょう》な宣教師《せんきょうし》をよそおい、島の中央に、カトリックの教会を建てたといわれています。ヘクザ館というのが、きっと、それにちがいありません。そこに、海賊王デルマの宝がかくされているのです」
戸倉老人の声は、しだいに昂奮《こうふん》にうわずってくる。その昂奮が伝染したのか、少年探偵団の同志たちも手に汗《あせ》握《にぎ》って、戸倉老人と秋吉警部の顔を見くらべている。
秋吉警部もにっこり笑って、
「そうです。われわれもだいたい、そういう見込で、ヘクザ館には厳重《げんじゅう》な監視《かんし》をおいています。ところで戸倉さん、あなたの戦闘準備はどうですか。脚のぐあいがよかったら、いっしょにでかけたら、どうかと思うのですがね」
「むろん、いきます。なに、これしきの火傷ぐらい」
「警部さん!」そのとき、横から緊張した声をかけたのは、少年探偵団の探偵長、春木少年だった。
「ぼくたちもつれていって下さい。ぼくたちも四馬剣尺の正体を知りたいのです」
それを聞くと秋吉警部も微笑《びしょう》して、
「むろんつれていくとも、君たちこそは今度の事件でも、最大の功労者なんだからね」
ああ、こうして、戦闘準備はなった。兇悪《きょうあく》四馬剣尺を向うにまわして、少年探偵団の働きやいかに。淡路島の上空に、いまや、ただならぬ風雲がまきおこされようとしている。
ヘクザ館《かん》
淡路島《あわじしま》の中央部、人里《ひとざと》はなれた山岳地帯のおくに、ヘクザ館という建物がある。
その昔、国内麻の葉のごとく乱《みだ》れた戦国の世に、スペインよりわたってきた、一宣教師によって建てられたという伝説以外、誰もこの、ヘクザ館の由来《ゆらい》を知っているものはない。
爾来《じらい》、幾星霜《いくせいそう》、風雨《ふうう》にうたれたヘクザ館は、古色蒼然《こしょくそうぜん》として、荒れ果ててはいるが、幸《さいわ》いにして火にも焼かれず、水にもおかされず、いまもって淡路島の中央山岳地帯に、屹然《きつぜん》としてそびえている。
いつのころか、ここはカトリックの修道院《しゅうどういん》になって、道徳|堅固《けんご》な外国の僧侶《そうりょ》たちが、女人|禁制《きんせい》の、清い、きびしい生活を送り、朝夕、聖母《せいぼ》マリヤに対する礼拝《れいはい》を怠らない。
それは秋もようやくたけた十一月のおわりのこと、二人の教師に引率《いんそつ》された中学生五名が、このヘクザ館を見学にきた。
教師のうちの年老いたほうが、院長に面会して、館内を参観させてもらえないかと申込むと、スペイン人|系《けい》の老院長はすぐ快《こころよ》く承諾して、若い修道僧を呼んでくれた。
「ロザリオ、このひとたちが、ヘクザ館の内部を参観《さんかん》したいとおっしゃる。おまえ御苦労《ごくろう》でも、案内してあげなさい」
「は、承知《しょうち》しました」
長年日本に住みなれているだけあって、ヘクザ館に住む僧侶たちは、みんな日本語が上手であった。
「では、皆さん、私についておいで下さい」
「いや、どうも有難うございます」
むろん、この中学生の一行というのは、戸倉老人に秋吉警部、それから少年探偵団の同志五人である。みんなてんでに、スケッチブックやカメラなどをたずさえているが、かれらの真の目的が、写生や撮影にあるのではなく、館内の様子《ようす》偵察《ていさつ》にあることはいうまでもない。
古びて、ぼろぼろに朽《く》ち果《は》てた館内をひととおり見終ると、やがて若い僧侶ロザリオは、一行をヘクザの塔に案内した。この塔こそはヘクザ館の名物で、山岳地帯にそびえる古塔は、森林のなかに屹立《きつりつ》して、十里四方から望見《ぼうけん》されるという。
「おお、なるほど、これはよい見晴《みはら》しですな」
塔のてっぺんにのぼったとき、老教授に扮《ふん》した戸倉老人は、眼下を見下ろし、思わず感嘆《かんたん》の呟《つぶや》きをもらした。
いかにもそれは、世にも見事な眺めであった。東を見れば、大阪湾をへだてて紀伊《きい》半島が、西を見れば海峡《かいきょう》をへだてて四国の山々、更に瀬戸内海《せとないかい》にうかぶ島々が、手にとるように見渡せるのである。
「はい、ここはヘクザ館の内部でも、一番聖なる場所としてあります。されば、初代院長様の聖骨《せいこつ》も、この塔のなかにおさめてあるのでございます。あれ、ごらんなさいませ。あの壇《だん》のうえにおさめてあるのが、その聖骨の壺《つぼ》でございます」
と、見れば円型《えんけい》をなした室内の正面には、大きな十字架をかけた翕《きゅう》があり、その翕のまえには、聖壇《せいだん》がつくってあり、その聖壇のうえに黄金の壺がおいてある。そして、その黄金の壺の左右には、これまた黄金でつくった二匹の鰐魚《がくぎょ》が、あたかも聖骨を守るがごとく、うずくまっているのである。
戸倉老人はそれをみると、ふと、黄金メダルの半ペラに書かれた文字を思いだした。
わが秘密を……とする者はいさ……人して仲よく……り聖骨を守る……のあとに現われ……(以下略)
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