の店にしのびこんだのは、まぎれもなく、小男。してみれば、机博士のレントゲンに狂いはなく、四馬剣尺の正体は、やはり脚に竹馬をゆわいつけた小男であろうか。しかし、そうだとすると机博士がさわってみた四馬剣尺の脚は、なんと説明すべきだろうか。
それはさておき、床へおりた小男は、しばらくじっとあたりの様子をうかがっていたが、やがて壁のそばへ這いよると、ポケットから取出したのは三十センチくらいの棒である。それはちょうど、管絃楽団《かんげんがくだん》の指揮者《しきしゃ》が使う指揮棒《しきぼう》のようなものだった。
おやおや、あんなものを何にするのだろう。と、春木、牛丸の二少年が、屋根のうえから固唾《かたず》をのんで見ているとは、もとより知らぬ小男、しばらくその棒をひねくりまわしていたが、するとみるみる棒はのびて、三メートルほどの長さになった。
わかった、わかった、その棒は、伸縮自在《しんしゅくじざい》の魔法棒《まほうぼう》なのだ。それにしても、そんな棒を何に使うのかと見ていると、小男はその先端《せんたん》に鉤《かぎ》のようなものをとりつけた。
おやおや、変《へん》なことをするわいと、なおも二人が一生懸命、天窓にしがみついてみていると、小男はその鉤棒《かぎぼう》で高いところにあるメイン・スイッチをひっかけて切ってしまった。とたんに、家中の電気という電気が消えてあたりはまっくら。
春木、牛丸の二少年は、思わず顔を見合せた。
すると、そのとき闇《やみ》のなかから、店をつっきっていく足音がきこえたかと思うと、ガチャリと鍵をひらく音。やがて、ドアが薄目にひらいて、誰やら店のなかへしのびこんだが、すぐドアがしまったので、その姿はよく見えなかった。
「男がドアをひらいて、誰かを呼びこんだんやな」
「そうだ。男は仲間をしのびこませるために、大花瓶のなかに、いままでかくれていたんだよ。それにしても、忍びこんだのはどういうやつだろう」
二人がこんな囁《ささや》きをかわしているとき、したでもチャンウーが、なんとなく怪《あや》しい気配《けはい》に気づいたのか、懐中電気を片手に持って、奥のドアから現れた。
「誰かいるのか」とたんに轟然《ごうぜん》とピストルが鳴ってチャンウーの手から懐中電気が、木《こ》っ葉微塵《ぱみじん》とくだけて散った。
「あ、だ、だ、誰だ!」
「猫女《ねこおんな》よ」
「な、な、なに、猫女……」
と、闇のなかでチャンウーの声が大きくあえいだ。
「ええ、そう、暗闇のなかで、ちゃんと眼の見える猫女よ。逃げても駄目。ちょっと相談があってやってきたんだから、おとなしくしていて頂戴《ちょうだい》。バカ! 何をする!」
またもや、ズドンとピストルの音。あっという悲鳴《ひめい》とともに、何やらゴトリと床に落ちる音がした。
「ほ、ほ、ほ、だからいわないことじゃない。闇の中でも眼の見える、猫女だといってるじゃないの。ポケットからピストルをだそうとしたって、ちゃんと見えているんだから」
春木、牛丸の二少年は、顔見合せて驚いた。それじゃ猫女という女、ほんとに闇の中でも眼が見えるのか。
「さあ、これであたしのいうことが、嘘《うそ》じゃないってわかったでしょう、わかったらおとなしくしておいで。待ってあげるから、早く右手に繃帯《ほうたい》をしておしまい。ほらほら、そんなに血が流れているじゃないの。ああ、やっと繃帯ができたわね。それじゃ、奥の部屋へいきましょう。ここじゃ話もできないから」
「いったい、話って、何んのことだ」
「黄金《おうごん》メダルのことよ」
「黄金メダル? お、黄金メダルってなんのことだ」
「ほ、ほ、ほ。白ばくれたって駄目。こっちは何度もいうように、闇のなかでも眼の見える猫女よ。おまえがいまどんな顔をしたか、ちゃんと知ってるよ。これ、よくお聞き。おまえの双生児《ふたご》のチャンフーは、いつか姉川五郎《あねがわごろう》という男から、黄金メダルの半ペラを買いとった。そして、それから間もなく、顔に大きな傷のある、スペイン人みたいな男に、黄金メダルの半ペラを売りつけたが、そのメダルは贋物《にせもの》だったんだよ。だから、この店にはまだ、本物のメダルがあるはずなんだ。それをここへだしておくれ」
「しかし、それゃア、チャンフーの買ったのが、贋物だったんじゃなかったのか」
「お黙り!」猫女は鋭い声で、
「こっちはちゃんと調べがいきとどいているのよ。姉川五郎という男にも当ってみて、そいつがどこで黄金メダルを手に入れたか、わかっているんだ。それはたしかに贋物じゃなかったのよ。チャンフーは本物をどこかへしまいこんで、贋物を飾窓に飾っておいたんだ。さあ、ここでは話ができない。奥へいってゆっくり話をつけようじゃないの」
それからしばらく、チャンウーと猫女の押問答《おしもんどう》をする声がつづいていたが、やがて、猫女のピストルに脅迫《きょうはく》されて、チャンウーは奥の一間へ入っていった。それにつづいて猫女が入っていくと、バタンとドアのしまる音。話声はそれきり聞えなくなって、チャンウーの店は墓場のような暗さ、静けさ。
春木、牛丸の二少年は、ほおっと顔を見合せた。
「春木君、猫女て、すごいやつやな」春木少年はそれに答えず、しばらくは何か考えていたが、やがて低い声で、
「ねえ、牛丸君、いまの猫女の声ね、君、あれに聞きおぼえがあるような気がしなかった?」
「えっ、さあ、ぼくは気がつかなんだが、誰の声に似ていたんやね」
「いや、君が気がつかなかったとすれば、ぼくの思いちがいだろう。だけど牛丸君、さっきの小男はどうしたんだろうねえ」
「さあ。あいつも奥へ入っていったんやないやろか」
二人がそんなことを囁《ささや》いているとき、奥の部屋から苦しそうなうめき声がもれてきた。チャンウーの声なのだ。しかも、世にも苦しそうなうめき声……。
春木、牛丸の二少年は、ぎょっとしたような顔を見合せた。
「春木君、大変や、チャンウーが拷問されてるんやないやろか」
「そうだ、そうだ、牛丸君、さっきの部屋へかえろう」
「さっきの部屋へかえってどうするんや」
「警察へ電話をかけて、お巡《まわ》りさんにきてもらうんだ。さっき小玉君のお父さんにいわれたろう。自分が子供であることを忘れちゃいけないって。だからお巡りさんに電話をかけて猫女と小男をつかまえてもらうんだ」
二人は、そっと、チャンウーの店の屋根からすべりおりると、ビルディングの非常梯子を、脱兎《だっと》のごとくかけのぼっていった。
空かける悪魔《あくま》
春木、牛丸君たちの、少年探偵団が電話をかけたとき、ちょうどさいわい、警察にいあわせたのは秋吉警部《あきよしけいぶ》。
秋吉警部を諸君もおぼえていられるだろう。チャンフー事件の担当者だが、その事件が進展せず、どうやら迷宮入《めいきゅうい》りをしそうな模様に、業《ごう》を煮《にや》していたおりからだけに、少年探偵団からの電話をきくと、こおどりせんばかりによろこんだ。
「よし、それじゃこれからすぐいく。ときに君たちは何人いるんだ」
「はい、少年探偵団は同志《どうし》五人であります」
「それじゃね、みんなで手分けして、万国堂《ばんこくどう》の周囲を見張っていてくれ。しかし、くれぐれもいっておくが、よけいなことに手をだすな。われわれがいくまで待っているんだぞ」
「承知《しょうち》しました。できるだけ早くきてください」
電話をきって春木少年、警部の言葉を一同につたえていたが、何思ったのか、急にはっと顔色をかえた。
「どうしたの、春木君、何かあったの?」
横光君が不思議そうに訊《たず》ねるのを、しっとおさえた春木少年。
「牛丸君、あれ……あの物音……?」
「なんや、あの物音……」
牛丸平太郎もギョッとして、春木君といっしょに耳をすませたが、にわかにガタガタふるえだした。
ああ、聞える、聞える、ブーンブーンと竹トンボを廻すような音。たしかにヘリコプターの爆音《ばくおん》なのだ。しかも、しだいにこちらへちかづいてくる。
「田畑君、電気を消してくれたまえ」田畑君が電気を消すと、応接室のなかはまっくらになった。
「春木君、どうしたの。あの物音はなんなの?」
暗闇のなかで小玉君が、不安そうに訊ねた。
「ヘリコプターだよ。ほら、いつか牛丸君を誘拐《ゆうかい》していった。……」
「ああ、六天山塞の頭目《とうもく》が持っているという……?」
少年たちはギョッとしたように、暗闇のなかで顔見合せたが、
「それにしても、いまごろどこへいくつもりだろう」
と、田畑君が訊ねた。
「ひょっとすると、万国堂めざしてやってくるかも知れないよ。牛丸君。横光君」
「春木君、なんや」
「君たち二人は万国堂の表のほうを見張ってくれたまえ。それから、小玉君と田畑君は、万国堂の裏口の見張りをしてくれたまえ」
「よっしゃ。わかった。しかし、春木君。君はどうするんや」
「ぼくはここにのこって、この窓から万国堂を見張っている。もうそろそろ、警部さんがくる時分だから、みんな早くいってくれたまえ」
「よっしゃ、春木君、気をつけたまえよ」
「大丈夫《だいじょうぶ》、君たちこそ気をつけたまえ。警部さんがくるまで、むやみに手だしをするんじゃないよ」
「わかった。わかった。さあ、みんないこう」
牛丸平太郎を先頭に立てて、四人の少年がバラバラとビルディングからとびだしていったあとには、春木少年がただひとり、暗い応接室にとりのこされた。窓のそばによってみると、ブーンブーンというヘリコプターの爆音は、いよいよこちらへちかづいてくる。下をみると、万国堂はあいかわらずまっくらだ。ああ、いま、万国堂の奥では、どのようなことが行われているのであろうか。
春木少年は爆音のちかづく空のかなたと、万国堂のくらい天窓《てんまど》とを、手に汗にぎって見くらべていたが、ちょうどそのとき、警部の一行が到着したらしい。
万国堂の表と裏から、けたたましくドアを叩《たた》く音とともに、
「開けろ、開けろ、ここを開けんか」
と、怒号《どごう》する声がきこえた。
「ああ、有難い、警部さんがやってきた……」春木少年はにわかに気のゆるむのをおぼえたが、そのとき空のかなたから忽然《こつぜん》として現われたのは、見覚《みおぼ》えのあるヘリコプター、しかも進路は万国堂の方向である。折からの半月《はんげつ》を翼《つばさ》にうけて、ゆうゆうとしてこちらへちかづいてくる。
下では警部の一行が、万国堂の表と裏からしきりにドアを叩いていたが、なかから返事がないとみるや、もうこれまでと、ドアをぶっこわしにかかった。しめた! もうこうなれば袋の中の鼠《ねずみ》も同然、あの奇怪な小男も猫女も、逃出すみちはどこにもないのだ。
春木少年はほっと胸を撫《な》でおろしかけたが、いやいや、安心するのはまだ早いと気がついた。気になるのはあのヘリコプターだ。ひょっとするとあのヘリコプターは、小男や猫女を、救いだしにきたのではあるまいか。
そうなのだ。やっぱりそうだったのだ。ヘリコプターはチャンウーの店のうえまでくると、ピタリと虚空《こくう》に停止して、しきりに地上を偵察している。
と、そのとき、万国堂のドアが破れた。バラバラと表と裏から、警部の一行が乱入《らんにゅう》する。おそらく少年探偵団の同志たちも、いっしょになってとびこんだことだろう。
だが、警部たちがとびこんだのとほとんど同時に、万国堂の天窓がガチャンとこわれた。そして、そこからモゾモゾ屋根へはいあがってきた人物をみたとき、春木少年は胆《きも》っ玉《たま》がでんぐりかえるほど驚いたのである。
ああ、なんということだ。天窓の下から這《は》いだしてきたのは、横綱のような大男ではないか。裾《すそ》のひきずるような中国服を着て、頭には花笠《はながさ》のような冠《かんむり》をかぶっている。その冠のふちには、三重のヴェールが垂《た》れていた。
「あっ、四馬剣尺《しばけんじゃく》!」春木少年は、心の中で思わずさけぶと、くらい窓
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