た。
男たちがその大花瓶を、店のほどよいところへおろしてでていくと、立花先生はチャンウーのほうをふりかえり、
「買っていただきたいというのは、これですの。これは父があなたのお国を旅行した際、北京《ペキン》で買ってきたもので、あたしとしては手離しにくいものですが、急に金のいることができましたので……」立花先生は、さすがに恥しそうに顔をあからめ、もじもじしていた。
「なるほど、これは立派な花瓶、値段によっては買いましょう」
チャンウーは花瓶のおもてを、なでたり、さすったりしていたが、ふと、なかをのぞいてみて、妙な顔をして眉《まゆ》をしかめた。
「おや、この花瓶、なかがつまってますね」
「そうなのです。父が買ってきたときからそうなっているんです。だから父はこの花瓶のことを、開《あ》かずの花瓶だなどと笑ってました。が、……きっと、なにかわけがあって、花瓶をつめてしまったのでしょうね」
チャンウーが不思議に思ったのも無理ではない。その花瓶は首のところまでセメントがつめてあって、叩くとコツコツかたい音がした。チャンウーは、しばらく考えていたが、
「いや、これは珍しい花瓶です。しかし、これくらい大きな花瓶になると、花を飾るよりも、花瓶自身が飾りものです。で、いくら御入用ですか」
「まあ、それじゃ買ってくださいますの。実は、……」
と立花先生が金額をきりだすと、チャンウーは笑って、
「それは高い。なかのつまった花瓶なんて、やっぱり疵物《きずもの》も同様ですから、その半分ぐらいでなくちゃ……」
「あら、半分はひどいですわ。もう少しフンパツしてくださいな」と、しばらく押問答《おしもんどう》をしていたが、いったい、どれくらいで折れあったのか、それから間もなく骨董商の店をでていく立花先生の顔色をみると、いかにも嬉《うれ》しそうな微笑がうかんでいた。
チャンウーはそのうしろ姿を見送って、それから、不思議そうに首をかしげ、しばらく見事な大花瓶を、なでたりさすったりしていたが、やがて表のドアをしめると、奥のひと間へひっこんだ。
もう日が暮れているのである。
怪人《かいじん》現《あらわ》れる
チャンウーの店の隣は、四階建のビルディングになっていて、一階は貿易促進《ぼうえきそくしん》展覧会の会場になっているが、二階からうえは貸事務所《かしじむしょ》になっている。
ところが、都合《つごう》のいいことには、その三階に、少年探偵団のひとり、小玉君のお父さんの事務所があった。
少年探偵団の一行五名は、学校がひけると、海岸通りへ出向いていって、なにくわぬ顔で、チャンウーの店のまえを通ったが、
「なんだ、ここなら、お父さんの事務所のとなりじゃないか」
と、小玉君がささやいたので、それじゃお父さんにお願いして、しばらくその事務所の片隅《かたすみ》をかりようということになった。
そこで五人の少年は、三階にある小玉商事会社の応接室へあがっていったが、ますます都合のよいことには、その応接室はチャンウーの店のがわにあり、窓からのぞくと万国骨董商が眼の下に見えた。
「ああ、こいつは都合がいいや。小玉君、なんとかしてお父さんに、しばらくこの部屋をかして下さるようにお願いしてくれたまえ」
「いいとも。ぼくのお父さんは、たいへん物分《ものわか》りのいいひとだから、きっと承知してくださるよ」
やがて、応接室へでてきた小玉氏というひとは、いかにも物分りのよさそうな紳士であった。小玉氏は息子の小玉少年から話をきくと、はじめは眼をまるくして驚いていたが、一同がかわるがわる熱心にお願いすると、
「なるほど、それじゃいつか牛丸君を誘拐《ゆうかい》した、六天山塞《ろくてんさんさい》の山賊のゆくえをさぐるために、チャンウーの店を監視《かんし》するというんだね」
「そうです。そうです。ぼくらは警察に協力して、一日も早くあの山賊をとらえたいのです」
春木少年が、熱心にお願いすると、小玉氏はにこにこ笑って、
「よしよし、いや、いまどきの少年、すべからくそれくらいの勇気がなければならぬ。いいとも、君たちの頼みをきいてあげよう。しかし、ここに条件がある」
と、いって、小玉氏はつぎのような条件をだした。
まず、第一に、自分たちがまだ子供であるということをよく心得《こころえ》て、決して危《あやう》きにちかよらぬこと。第二に、何か変ったことを発見したら、すぐに警察へ報告し、みずからは手だしをしないこと。第三に、夜九時までにみんな揃って帰宅すること。
「わかりました。お父さん。ぼくたちは決して、お父さんに御心配をかけるようなことはしません」
春木少年が一同を代表して断言《だんげん》すると、小玉氏はにこにこ笑って、
「よしよし。それじゃ、今夜から監視をはじめるのだろうが、君たち、飯はまだだろ。それじゃ、前祝《まえいわ》いに夕飯を御馳走しよう」
と、親切な小玉氏は、五少年をひきつれて、近所の中華料理店へいって夕飯をふるまった。
「それじゃ、君たちの成功をいのるよ。しかし、くれぐれもいっとくが、自分たちがまだ子供であることを忘れちゃいかんよ」小玉氏から激励《げきれい》と忠告《ちゅうこく》をうけて、中華料理店のまえでわかれた五少年が、すでに日の暮れた路《みち》を、ビルディングのほうへかえってくると、そのとき、万国骨董商のなかからとびだしてきた婦人があった。
「あっ、あれは立花先生じゃないか」春木少年がいちはやく、先生のすがたを見附けて注意すると、
「そうだ、そうだ。立花先生だ。先生は、なんの用があって、こんなところへきたんやろ」
牛丸平太郎も不思議そうな顔をしている。小玉、横光、田畑の三少年もギックリとしたような顔を見合せた。しかし、幸い立花先生は気がつかなかったらしく、男のような足どりで、スタッスタッと黄昏《たそがれ》の闇のなかに姿を消した。
「どうも変だね。ぼくはまえから、立花先生を変だと思っていたんだよ」
春木少年はあるきながら、考えぶかそうに呟《つぶや》いた。
「変て、どういうふうに?」小玉少年がききかえした。
「だってね、このまえ、チャンフーが殺された日にも、立花先生は万国堂のまえを通りかかって、飾窓をのぞいたというんだろ。そして、そのとき、飾窓のなかには、黄金メダルの半ペラが飾ってあったんだ。しかもそのつぎの日、金谷先生がそのことをしゃべると、立花先生、とてもいやな顔をしたという話だよ」
「うん、そういえば、立花先生はよく学校を休むね。それにどこへいくのか、ときどき寄宿舎《きしゅくしゃ》からいなくなることがあるという話だよ」田畑少年がいった。
「よし、それじゃ、明日から手分けして、誰かが立花先生を監視することにしようじゃないか。監視なら、子供にだってできるもの」横光少年の言葉だった。
「うん、それがいい。いずれ、明日になったら、誰が立花先生の監視にあたるかきめよう」
こうして、また、新しい探偵の方針がたったので、一同は、満足して、三階の応接室へかえってきた。窓から見ると、チャンウーの店から、ほの暗い光がもれている。
「あ、見給え。チャンウーの店には天窓《てんまど》があるよ。あそこから覗《のぞ》けば、店の様子がよく見えるにちがいないよ」
「そうや、そうや。ぼく、ひとつあの屋根へおりてみようか」
牛丸平太郎が、ハリキって、窓からからだを乗りだすのを、春木少年はおしとどめ、
「いや、ちょっと待ちたまえ。もう、しばらく、あたりが暗くなるまで待とう」
それから一時間ほど待つと、あたりはすっかり暗くなった。チャンウーの店の天窓からは、あいかわらず、ほのぐらい光がもれている。
「春木君、もう、そろそろ、ええやないか」牛丸平太郎は、さっきから、腕がムズムズしているのである。
「そう。もうそろそろいい時刻だね。ところで、誰が偵察にいくか、これは公平を期《き》してくじ引きということにしよう。ひとりじゃ心細いから二人一組となっていくことにしようじゃないか」
春木少年のこさえた、五本のこよりを引いた結果、牛丸少年と春木君がいくことになった。ほかの少年たちは失望したが、これまた、あとでどんな役があるかも知れないからと慰めて、いよいよ、春木、牛丸の二少年が、偵察にいくことになった。
ちょうどいいあんばいに、このビルディングの側面《そくめん》には、火事などの場合にそなえて、非常梯子《ひじょうばしご》がついている。その非常梯子は、チャンウーの店のすぐそばをとおっており、その間、半間《はんげん》とはなれていない。春木、牛丸の二少年は人眼をさけるために、窓から外へでて、軒蛇腹《のきじゃばら》をつたって非常梯子にとびうつった。それはかなり冒険だったけれど、身の軽い二少年には、大してむずかしい仕事でもなかった。
非常梯子をつたって一階おりると、すぐ眼の下にチャンウーの店の屋根がある。二少年は猿のように身軽にその屋根にとびうつった。屋根はかなりの傾斜《けいしゃ》だが、身のかるい少年には、天窓のところまで這《は》っていくのは、大してむずかしい仕事でもなかった。天窓には厚い針金入りガラスがはまっている。それは昼間、採光《さいこう》をよくして、陳列品《ちんれつひん》をひき立たせるためである。
ふたりが天窓まで這っていってなかを覗くと、ほの暗い電灯のなかに、珍奇《ちんき》な仏像《ぶつぞう》や、奇怪な大時計や、古めかしい鎧《よろい》など、さまざまな骨董品が、ところせまきまでにならんでいた。そして、店の一隅《ひとすみ》に、さっき立花先生がもちこんだ、あの大花瓶《だいかびん》もおいてあった。
春木、牛丸の二少年は、息をころして、このあやしくも、風変りな店のなかを覗いていたが、ふいに春木少年がギュッと力強く、牛丸少年の腕をにぎった。
「ど、どうしたの」
「しっ、静かに! あの大花瓶をごらん」
押しころしたような春木少年のささやきに、牛丸平太郎もなにげなく、花瓶のほうへ眼をやったが、そのとたん、ゾッとするような恐ろしさが背筋をながれた。
ああ、見よ! 大花瓶につめてあったセメントが、ポッカリ中から押しのけられると、その下から、ニューッと一本の腕がでたではないか。
「あっ!」牛丸平太郎は危《あやう》く叫び立てるところを、急いで口に蓋《ふた》をした。
大花瓶のなかに誰かいるのだ。そしてそいつがいま、花瓶のなかからでてこようとしているのだ。
二少年の胸はドキドキ躍った。額からビッショリと汗が流れた。二人は夢中になって、天窓のわくにしがみつき、眼を皿のようにしてチャンウーの店をのぞいている。
大花瓶のなかからは、また一本の腕がでた。そして、二本の腕は、しばらく花瓶のふちを握ってモガモガしていたが、やがて、軽業師《かるわざし》のように、ヒョイと花瓶のふちへ這いのぼったのは、ああ、なんということだ!
それは世にも不思議な小男ではないか。
小男は全身に、縫いぐるみみたいな黒い服をぴったりつけていた。そして、頭には服にぬいつけた三角型のトンガリ頭巾《ずきん》をスッポリかぶり、顔には大きな仮面《かめん》をつけていた。だから、顔はサッパリ見えなかったが、その気味悪さといったら、筆にも言葉にもつくせないほどだった。
小男は猿《さる》のように花瓶のふちにしゃがんだまま、しばらくあたりをうかがっていたが、やがて、ひらりと音もなく床《ゆか》のうえにとびおりた。
春木、牛丸の二少年は天窓のうえから、手に汗握って、この様子を見つめているのである。
奇怪な男と猫女《ねこおんな》
ああ、奇怪なる男、猿のような男――
いつか机博士が、六天山塞《ろくてんさんさい》の頭目《とうもく》、四馬剣尺《しばけんじゃく》の姿を、レントゲンで透視《とうし》したことがあったが、それは脚にながい竹馬をゆわえつけた小男であった。ところがそののち机博士が、頭目の脚にさわってみたところ、それは竹馬などではなくて、まぎれもなく人間の脚であった。
机博士は、矛盾《むじゅん》するふたつの発見にびっくりしたが、今宵《こよい》チャンウー
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