がおおぜい押し寄せてきました。誰か内通《ないつう》したやつがあるんです。抜け道という抜け道は、全部|包囲《ほうい》されておりますぞ」
悲痛な声だった。
首領《かしら》はそれをきくと、思わず青竜刀をポロリと落した。
チャンフーの双生児《ふたご》
六天山塞《ろくてんさんさい》の大捕物《おおとりもの》は、たちまち港町の大評判になった。
何しろ、六天山からカンヌキ山へかけて、三日三晩、焼けつづけたのだから、附近の騒ぎはたいへんだった。
「なんですか。このあいだの晩の、あのものすごい物音は……?」
「あああれですか。あれはねえ、なんでも六天山のなかに山賊《さんぞく》が住んでいたんだそうですよ。それが警官に包囲されたので、山塞にしかけてあった爆弾に火を放ったんだっていいますよ」
「へへえ、山賊がねえ。そして、その山賊はとっつかまったんですか」
「ところが、泰山鳴動《たいざんめいどう》して鼠《ねずみ》一匹でね。つかまったのは雑魚《ざこ》ばかり。大物はみんな逃げてしまったということです」
「それは残念なことをしましたね。しかし、警察も、あれだけの騒ぎをやりながら、どうしてそんなヘマをしたんでしょう」
「それゃ、仕方がありませんよ。向うはヘリコプターとかなんとかいう、竹トンボの親方みたいな、飛行機をもっているんだからかないません」
「なるほど、それで高跳《たかと》びをしたというわけですか」
「おや、しゃれをいっちゃいけません」
などと、町の噂《うわさ》はたいへんだったが、いかにもこの噂のとおり、四馬剣尺の一味のもので、主だった連中はほとんど逃げた。
木戸と波立二、それから仙場甲二郎の三人は首領の命令で、机博士をしばりあげ、それをヘリコプターにつんで逃げた。
そのあとで、首領の四馬剣尺は、かねて仕掛けてあった爆弾に火をはなち、いずくともなく姿を消した。だから、警察が大騒ぎしてとらえたのは、あの小竹さんはじめ、数名の下っぱばかりであった。
それにしても四馬剣尺はどこへ逃げたか?
根城《ねじろ》としていた六天山塞を焼きはらって、かれらは解散したのであろうか。いやいや、そうは思われぬ。あの執念《しゅうねん》ぶかい四馬剣尺のことだ。いつかはまた、きっとあの偉大《いだい》な体を乗出して、何事かをやらかさずにはおくまいが、ここではしばらくおあずかりしておいて、春木、牛丸の二少年のほうから話をすすめていこう。
危《あやう》く四馬剣尺の魔手《ましゅ》からのがれた、春木、牛丸の二少年は、つぎの日、山をくだると、そこで後日《ごじつ》を約して戸倉老人とわかれた。
そして無事にわが家へかえりついたが、そのとき、牛丸平太郎のお父さんやお母さんが、どのように喜んだか、春木少年に対して、どのように感謝したか、それらのことはあまりくだくだしくなるから、ここでは書かないでおくこととする。
さて、それから当分、二人の身のうえに、別に変ったこともなく、毎日、楽しく学校へ通っていた。学校では、二人はすっかり英雄にまつりあげられ、みんなからさかんに話をせがまれた。ことに少年探偵を結成しようとしていた、小玉《こだま》君や横光《よこみつ》君、それに田畑《たばた》君などは、春木少年ひとりにだしぬかれたことをくやしがって、こんど何かあったら、きっと自分たちも、仲間に入れてくれとせがんだ。春木、牛丸の二少年はむろんそれを承諾《しょうだく》した。
こうして幾日か過ぎた。春木、牛丸の二少年の身辺《しんぺん》には、依然として平穏《へいおん》な日がつづいた。いずれ落着いたら、便りをよこすといっていた戸倉老人からもどうしたものか音沙汰《おとさた》がなかった。
ところがある日、春木少年が学校へいくと、牛丸平太郎がまじめくさった顔をしてそばへ寄ってきた。
「春木君、ちょっと。……」
「牛丸君、なあに」
「妙なことがあるんや。ほら、あの万国骨董商《ばんこくこっとうしょう》な」
「うんうん、チャンフーの店か」
「そやそや、あの店がまた、ちかごろひらいたんやぜ。ぼく昨日、海岸通りへ使いにいったついでに、あの店をのぞいたところ、表がひらいていて、ちゃんとそこに、チャンフーが坐っているやないか。ぼく、びっくりして、胆《きも》っ玉《たま》がひっくりかえった」
「馬鹿なことをいっちゃいけない。チャンフーはピストルで撃たれて、死んだはずじゃないか」
「そやそや、それやのに、そこにちゃんと、チャンフーがいるんや。どう見てもチャンフーにちがいないのや。ぼく、てっきり幽霊かと、おっかなびっくりで近所のひとにきいてみたんやが、なんと、店にすわっているのは、チャンフーやのうて、チャンフーの双生児《ふたご》の兄弟で、チャンウーちゅうのやそうな」
「へへえ、チャンフーには双生児の兄弟があったの」
春木少年は眼をまるくした。
「そやねんて。いままで、横浜にいたんやそうやが、兄弟のチャンフーが殺されて、あとをつぐもんがないさかい、わざわざ横浜からやってきて、店を相続したんやそうな。双生児とはいえ、そらよう似とる。近所でも、まるでチャンフーさんが、生きてかえったようやというてるぜ」
春木少年は、しばらく、だまって考えていたが、やがて考えぶかい調子で、
「ねえ、牛丸君」と、声をかけた。
「なあに、春木君」
「いつか戸倉老人はへんなことをいったねえ。チャンフーが死ぬなんて、そんなことはありえないことじゃと……」
「そうそう、いうた、いうた。あら、どういうわけやろ」
「さあ、ぼくにもそこのところがよくわからないんだが、ひょっとすると、あの言葉と、チャンフーの双生児、チャンウーとなにか関係があるのじゃないかしら」
「うん、うん、なるほど」
牛丸平太郎は牡牛《おうし》のような鈍重《どんじゅう》な表情でうなずいた。
「それで、どうだろう。チャンウーというのを、ぼくらの手でさぐってみたら。……戸倉老人は、なにか変ったことがあったら、なんらかの方法で通信するといっていたが、いまだに、何もいってこない。それでぼく、このあいだから、腕がムズムズして仕方がないんだ。だって、このままじゃ、蛇《へび》の生殺《なまごろ》しみたいで、気が落着かないじゃないか」
「そら、ぼくかて同じことや」
「そうだろう。だから、今度はこっちから積極的にでてみようと思うんだ。といって、さしあたり、どこから手をつけてよいかわからないから、まず、チャンウーの店からさぐってみたらと思うんだが、どんなもんだろ」
「うん、そいつは面白い。それにきめたッ」
牛丸平太郎が、躍《おど》りあがってよろこんでいる姿を見つけて少年探偵団の、小玉、横光、田畑の三君が、何事《なにごと》ならんとかけつけてきた。そこで、春木、牛丸の二少年が、いまの話を語ってきかせると、三人とも有頂天になってよろこんだ。
「よし、それじゃ、今日、学校がひけたら、みんなで、海岸通りへいってみようじゃないか」
と、相談一決したが、この少年たちがチャンウーの店を偵察して、いったいどのようなことを発見するだろうか。
大花瓶《だいかびん》
さて、こちらは少年たちの話題にのぼった、海岸通りの万国骨董堂《ばんこくこっとうどう》である。
今日も今日とて、チャンウーが、店さきに坐って、スッパスッパと水煙管《みずぎせる》を吸っていた。なるほど、孔子さまのように長いあごひげを生やして、トマトのように血色のよい顔をしたチャンウーは、殺されたチャンフーにそっくりだった。ただ、ちがっているのは、チャンフーは眼鏡をかけていなかったが、双生児のチャンウーは、黒い大きな眼鏡をかけている。あんまり似ているといわれるので、あるいは区別をつけるために、わざとそんな眼鏡をかけているのかも知れない。
チャンウーは眠そうな眼をして、さっきからぼんやり店に坐っていたが、どうやら客もないらしいと考えたのか、ノロノロ立って、おくの一間へ入っていった。そして、なかからピンとドアに鍵をかけると、これはいったいどうしたことか、いままで眠そうな眼をしていたチャンウーの顔色が、急にいきいきしてきた。眼鏡のおくでふたつの瞳が、にわかにキラキラかがやいた。
チャンウーは、油断なくあたりを見廻すと、壁にかかったスペインの帆船《はんせん》をかいた、油絵の額《がく》をはずした。それから、壁のどこかを押すと、そこにパックリ小さい孔《あな》があいた。金庫なのだ。かくし金庫なのだ。
チャンウーはもういちど、鋭い眼であたりを見廻すと、やがて金庫をさぐって、なかから小さいビロードばりの箱を取りだした。そして、金庫をとじ、額をもとどおりにかけおわると、大事そうにビロードの箱を持って、机のまえまでやってきて腰をおろした。
それから、眼鏡をかけなおし、ビロードの小箱のバネを押すと、ピンと蓋《ふた》がひらいて、なかから現れたのは、おお、なんと、黄金《おうごん》メダルの半ペラではないか。
チャンウーは、もういちど素速《すばや》い視線をあたりに投げると、ううんと深いいきを吸い、それからくいいるように、その半ペラに見入っていた。それはたしかに、海賊デルマののこした黄金メダルのうち半月形《はんげつけい》の部分である。
しかし、これはいったい、どうしたというのだろう。半月形のその半ペラは、戸倉老人から春木少年の手にうつり、のちにひげづら男の姉川五郎に掘り出されて、骨董商チャンフーに売られ、さらにそれを、机博士が買いとって自分の肩の肉のなかに、かくしておいたはずではないか。
そうすると黄金メダルというのは二つあるのだろうか。
それはさておき、チャンウーは鉛筆片手に、字引きと首っぴきで、黄金メダルの裏面《りめん》にかいてある、スペイン文字の翻訳《ほんやく》をはじめた。だいぶまえからやっていると見えて、はじめのほうは、スラスラいく。それはだいたいつぎのとおりであった。
[#ここから2字下げ、文章は横組み、罫囲み]
わが秘密を
とする者はいさ
人して仲よく
り聖骨を守る
のあとに現われ
メダル右破片
[#ここで字下げ終わり]
何しろ、メダルが半分しかないから、ここまで翻訳してみても、さっぱり意味がわからない。これからしても、どうしてもメダルの他の半分、扇型《おうぎがた》の半ペラがなければならぬわけである。
チャンウーは残念そうに、黄金メダルの半ペラを見つめていたが、また思いなおしたように、鉛筆をとりなおして、翻訳をつづけていったが、そのとき、店のほうで人の足音がした。
チャンウーはそれをきくと、あわててメダルをビロードの箱に入れ、壁のかくし金庫におさめると、翻訳しかけていた紙を、クチャクチャにかみくだいて、それから何食わぬ顔をして、店のほうへでていった。
店へきた客は、立花カツミ先生であった。
立花先生はチャンウーの顔をみると、ギョッとしたように眼をみはったが、すぐ気がついてにっこり笑って、
「ああ、びっくりした、あなたがあまり亡くなったチャンフーさんに似ているので、あたし幽霊かと思いましたわ。そうそう、あなたとチャンフーさんは双生児ですってね」
「そう、わたしとチャンフー、双生児の兄弟、あなた、チャンフー、知っていますか」
「ええ、以前いちど、この店へきたことがありますので、……チャンフーさん、お気の毒なことをしましたわね」
「そう、弟、可哀そう、なんとかして私、犯人さがしたい」
「いまにきっとわかりますわ。警察でもほっておきはしませんもの。あたしだって、いちどお眼にかかった御縁《ごえん》がありますから、心当りがあったらお知らせします」
「ありがと。ときに、今日は何か御入用ですか」
「いえ、実は、今日は買物にきたんじゃないのです。反対にこの店で買っていただきたいものがございまして……」
「はあ、結構です。品と値段によっては、なんでもいただきます」
「そう、じゃ、ちょっと待って……」立花先生はいったん店をでていったが、すぐ、ひきかえしてきたところを見ると、二人の男をつれており、その男たちは高さ四尺、直径一尺五寸もあるような、大花瓶をかかえてい
前へ
次へ
全25ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング