下《あしもと》もさだまらぬ机博士を、荒くれ男が左右から、ひったてるようにして、やってきたのは首領《かしら》の待っている特別室。
 首領の四馬剣尺《しばけんじゃく》は、あいかわらず竜《りゅう》の彫物《ほりもの》のある、大きな椅子に坐っていた。身のたけ六尺にちかく、ビール樽《だる》のように肥《ふと》ったからだは横綱《よこづな》もはだしで逃げだしそうな体格だ。顔は例によって、三重のヴェールによってつつまれているが、そのヴェールがブルブルとふるえているところを見ても、いかに首領がおこっているかわかるだろう。
 土色になって、コンニャクのようにブルブルふるえている机博士は、首領のまえの椅子にひきすえられた。
「机博士」首領四馬剣尺の声は、つめたく、落着きはらっていた。これは首領のいかりが、いかに大きいかという証拠なのだ。四馬剣尺はいかりが大きければ大きいほど、つめたく落着きはらうのである。
「おまえは昨夜、このわたしにどのような無礼をはたらいたか、よくおぼえていような」
「首領、お許しを……」
「黙れ!」
 首領は大喝《だいかつ》した。からだがいかりでブルブルふるえた。
「獅子身中《しししんちゅう》の虫とは、机博士、おまえのことだ、おまえは盗人《ぬすびと》のようにわたしの部屋へしのびこんだ。しかし、それは許してやろう。いかにおまえがコソコソと、机や戸棚をひっかきまわしたところで、秘密をうばわれるようなわしではない。だが……」
 と、首領はギリギリと歯ぎしりをして、
「どうしても、許しがたいのは、それからあとのお前の所業《しわざ》だ。おまえはエックス線で、わたしの正体《しょうたい》を知ろうとした。この神聖なわたしの正体を!」
 首領はわれがねのような声を張りあげて、両手をふりあげ長い袖のなかで、拳《こぶし》をブルブルふるわせた。土色になった机博士の顔には、ビッショリと汗がうかんでいる。
「さあ、いえ、おまえは何を見たのだ。エックス線で透視して、おまえはいったい、どのようなものを見たのだ」
「首領、ごめんを……そればかりはごめんください」
「ならぬ、いえ! みんなのまえでいってみろ。おれの正体がどのようなものであったかいってみろ!」
 首領の声が、広い部屋にとどろきわたって、山彦《やまびこ》のように反響した。
「首領《かしら》……それでは、いってもかまいませんか、みんなのまえで……」
 机博士の瞳に、チラと、狐のように狡猾《こうかつ》なあざ笑いがうかんだ。
「構わぬ。いえといえば、早くいえ!」
「それじゃいいましょう。首領、あなたは小男なのだ。あなたの、その大きなダブダブの中国服は、その小男をゴマ化《か》すための煙幕《えんまく》なのだ。あなたは足に、一メートル位の棒をつけて、大男に見せかけているが、じっさいは、小男なのだ!」
 一瞬《いっしゅん》、部屋のなかは、シーンとしずまりかえった。あまり意外な机博士の言葉に、木戸も、波立二も、仙場の甲二郎も、呆気《あっけ》にとられてポカンとしていた。
(この、横綱のような大男の首領が小男……?)机博士は気が変になったのではなかろうか。突然、爆発するような笑い声がおこった。首領の四馬剣尺だ。首領は腹をゆすって笑った。笑って、笑って、笑いころげた。
「机博士、それがおまえが見たところか。このおれが小男……? おい、机博士、おまえの眼はたしかか、いやさ、おまえのエックス線に狂いはないのか」
「断《だん》じてわたしは見たのだ。わたしのエックス線には狂いはないのだ。おまえは、棒でつぎ足した……」
 そのとたん、四馬剣尺は脚をあげて、いやというほど、博士の向う脛《ずね》を蹴《け》りあげた。机博士はあまりの痛さに、あっと叫んでとびあがったが、すぐに、木戸と波立二におさえつけられた。
「机博士、この脚が棒だというのか。わたしの脚が棒だというのか。さわってみろ。たった一度だけ許してやる。さわってみろ!」机博士は首領のまえにひざまずいて、おそるおそる、首領の両脚にさわってみた。そのとたん、つめたい汗が、つるりと博士の額からすべり落ちた。
 ああ、これはなんとしたことだ。首領の両脚は、たしかに温い血のかよった、人間の脚にちがいなかった。

   人間金庫

 机博士はゲッソリとやつれた顔で、椅子のなかにうまっている。いっぺんに十も二十も年をとったように見える。
 ああ、わからない。昨夜エックス線で見たときには、たしかに首領《かしら》は、長い棒のつぎ脚をした、小男だった。しかるに、いま、中国服のうえからさぐった首領の両脚は、まぎれもなく、血と肉からできたたくましい人間の両脚だった。これはいったいなんとしたことだろう。おれは気が変になっているのではなかろうか。
「そうだ、おまえは気が変になっているのだ」机博士の考えを見抜いたように、首領《かしら》がズバリといいあてた。
「おれを、この四馬剣尺を裏切ろうなどという考えが起ることからして、おまえはもう気が変になっているのだ。だが、まあいい。これで、おまえのバカげた疑いは晴れたであろう。それでこれからおれの用事だ。おい机博士、だせ!」
 首領の声が、雷《かみなり》のようにとどろいた。気落ちしたように、ボンヤリしていた机博士は、その声に、ビリビリと体をふるわせた。
「な、な、なんですか。なにをだせというんですか」
「白ばくれるな。おまえはチャンフーの店で、黄金メダルの半ペラを、手にとって調べてみたといったな。おまえのような狡猾《こうかつ》な男が、金がないからといって、そのまま、かえると思われるか。おまえはきっと、小型カメラで、メダルの両面を撮影してきたにちがいない。そのフィルムをここへだせ」
 机博士の顔に、そのときまた、チラと狡猾なあざわらいの影がうかんだ。
「なるほど。さすがは首領だよ。えらい眼力《がんりき》だよ。感服《かんぷく》したよ。たしかにわたしはメダルの両面を撮影してきたよ」
「よし、よくいった。それじゃ、それをここへだしてもらおう」
「ない、とられた」
「とられた? 誰に?」
「猫女《ねこおんな》に……首領、おまえさんは利口《りこう》だよ。眼はしが利《き》くよ。しかし、猫女はおまえさんより一枚上手だ。さっき、抜穴《ぬけあな》のなかで、まんまと、猫女にまきあげられたよ。あっはっは、猫女はいつか、おまえさんからメダルの半分をまきあげたね。そして、こんどは他の半分の両面を、撮影したフィルムも手に入れたのだ。大宝物《だいほうもつ》は猫女のものだよ。あっはっはっは」
 首領はギリギリ歯ぎしりした。いかりで肩がブルブルふるえた。
「木戸、波立二、そいつの身体検査をしてみろ!」
 言下《げんか》に木戸と波立二が、机博士の身体検査をしたが、むろん、フィルムはでてこなかった。
「首領、なにもありません」
「足らん」首領は地団駄《じだんだ》をふみながら、雷のような声でどなった。
「身体検査のしかたが足らん、そいつを素っ裸にして調べてみるんだ」
「素っ裸に……?」
 どういうわけか、素っ裸にしろときくと、机博士の顔色がにわかにかわった。
「じょ、じょ、冗談でしょう。首領《かしら》、服のうえからおさえても、フィルムを持っているかいないかくらい、誰にでもわかります。なにも裸にしなくたって……」
 狼狽《ろうばい》して、しどろもどろになる机博士を、四馬剣尺は三重のヴェールのしたから、ひややかにながめていたが、やがて、せせら笑うようにいった。
「机博士、面白い話をきかせてやろうか」
「面白い話……?」
「そうだ。とても面白い話だ。おまえが聞くと、喜ぶと思うんだ。ほら、骨董商《こっとうしょう》のチャンフーが殺された日のことよ。おまえが黄金メダルの半分を見つけて、まんまと両面の撮影に成功して、ひきあげてからのことだ。間もなく顔に、恐ろしい刀傷《かたなきず》のある、スペイン人か日本人かわからぬような、外国の船員服をきた男が、骨董店へやってきたのだ。そして、そいつがいくらで買ったのかしらんが、黄金メダルの半分を買ってでていったんだ。ところが、すぐそのあとへまた、あのメダルを買いにきたものがあったんだ。かりにこの人物をXとしておこう。Xは骨董商のチャンフーからいまでていった、船員風の男が、ひとあしちがいで、黄金メダルを買っていったということを聞くと、急いで、そのあとをつけていったんだ。どうだ、机博士、面白い話じゃないか」
 机博士はおびえたように眼をみはって、きっと首領の三重ヴェールを見つめている。額にはビッショリと汗。
「ところが、スペイン人か日本人かわからぬような、顔に大きな傷のあるその男は、間もなく、海岸通《かいがんどお》りのホテルへ入っていった。Xもすぐそのあとからつけて入った。船員風の男は二階の隅《すみ》のとある一室へ入っていった。Xは廊下のすみから、その部屋を見張っていたが、すると、ものの十五分もたたぬうちに、その部屋からでてきた男がある。おい、机博士、それが誰だったか知っているか」
 机博士は、椅子の両腕を、くだけるばかりに握りしめている。からだがガクガクふるえて、眼玉がいまにもとびだしそうだ。首領はヴェールの奥でせせらわらって、
「あっはっは、その顔色じゃ知っていると見えるな。そうだ、その男というのは机博士、おまえだったのだ。しかも、おまえがでていったあとで、Xが部屋をのぞいてみると、そこには誰もいなかった。つまり、顔に大きな刀傷のある男とは、机博士、おまえだ、おまえだったのだ。おまえは黄金メダルの半ペラを見つけた。しかし、おまえのその姿で買いとれば、いずれ、チャンフーの口からそれがわかるにちがいない。そう考えたおまえは、外国の船員に変装して、黄金メダルを買ったのだ。顔の大きな刀傷は、できるだけ、素顔《すがお》をかえるために、絵具《えのぐ》でかいた贋物《にせもの》だったんだ。どうだ机博士、面白い話じゃないか」
 首領《かしら》四馬剣尺は、大きな腹をゆすってわらった。机博士は、まるでおいつめられた野獣《やじゅう》のような顔をして、三重ヴェールを見つめていたがやがてキーキー声をふりしぼって叫んだ。
「わかった、わかった、わかったぞ」
 細い指を、首領の鼻さきにつきつけると、
「問うに落ちず、語るに落ちるとはこのことだ。チャンフーを殺したのはXだ。そして、Xとは首領、おまえのことなのだ」首領はしかし、せせらわらって、
「バカをいえ。おれがこの大きな図体で、町を歩いていたらどんなに人眼をひくことか……聞いてみろ、チャンフーの店は、野中《のなか》の一軒家じゃあるまいし、隣もあれば、近所の眼もある。横綱《よこづな》のような大男が、あの日、チャンフーの店の近所をあるいていたかどうか、誰にでもきいてみろ」
 自信にみちた首領のことばに、机博士はいっぺんにペシャンコになった。
「それ、木戸、波立二、なにをぐずぐずしている。そいつを早く、裸にしないか」
 言下《げんか》に、木戸と波立二が、机博士をとりおさえた。そして水ガモのように細いからだで、キーキー声をあげて抵抗する机博士を、またたくうちに素っ裸にした。
 博士は猿股《さるまた》ひとつになって、コンニャクのようにブルブルふるえている。そのからだを、三重ヴェールのおくから、きっと見つめていた四馬剣尺は、ふいに、椅子の腕をたたいてわらった。
「あっはっは、さすがは机博士だ。人間金庫とは考えたな。おい、左の肩にあるその傷口はどうしたのだ」
 机博士はあっと叫んで左の肩をおさえた。しかし、それはおそかった。左の肩に、少し盛りあがった傷口は、まだ新しくて、生々しかった。
 四馬剣尺はギラリと、青竜刀《せいりゅうとう》をぬき放つと、
「机博士、おまえはわざと左の肩に傷をつけ、そのなかに黄金メダルの半ペラをおしこみ、そのうえを縫合《ぬいあわ》したのだろう。いま、おれが、その金庫をひらいてやろう」
 四馬剣尺は、青竜刀をひっさげて、ゆらりと椅子から乗出したが、そのときだった。あわただしい足音がちかづいてきたかと思うと、
「首領、たいへんです。たいへんです。警官
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