さかいにな。しかしもうあそこは頼みになりまへん。主人が殺されましたさかい」
「なんという?」
「チャンフーという老主人が、この間ピストルで殺されましてん。まだ犯人はつかまらんちゅう話だす。春木君から、ぼく聞いたんです」
「ばかばかしい。そんなことがあるものか。はははは」
 と、とつぜん戸倉老人が笑いだした。
「なんで、おかしがってんだね」と牛丸が、けげんな顔で聞きかえすと、戸倉老人は、こういった。
「チャンフーが殺されるなんて、絶対にそんなことは有り得ないのじゃ。お前さんたちはだまされている」
 どうしたのであろうか。春木少年は、びっくりして老人の顔をながめやった。戸倉老人は、へんなことをいいだしたものである。それとも、老人の笑うには、なにかしっかりした根拠《こんきょ》があるのであろうか。
 戸倉老人が元気になって、事件はまたもやいっそう怪奇な方向へすべりだした。しかし中天には、明々皎々《めいめいこうこう》たる大満月が隈《くま》なく光をなげていた。

   燃えあがる山塞《さんさい》

 戸倉老人は妙なことをいいだした。
「チャンフーが殺されるなんて絶対にそんなことはあり得ないのじゃ。お前さんたちはだまされているのだ」
 戸倉老人はそういって笑うのだ。
 その笑いは、いかにも確信があるもののようであった。
 しかし、戸倉老人はどうしてそのようなことがいえるのだろう。老人はいままで六天山塞《ろくてんさんさい》の地下の密室におしこめられていたのではないか。ちかごろ町に起ったでき事について意見をのべる資格はないはずだ。
 それにもかかわらず、牛丸や春木の言葉をてんできこうともせず、あくまで、チャンフーの生きていることをいいはるには、何かたしかな根拠のあることなのだろうか。老人にありがちな、いったんこうと思いこんだら絶対に、ひとの言葉をきこうとしない、かたくなさからであろうか。
 それはさておき、山姫山《やまひめやま》の頂上にある陸地測量隊《りくちそくりょうたい》の山小屋に一夜をあかすことになった、戸倉老人と春木、牛丸の二少年は、それから間もなく背すりあわせて寝ることになった。
 秋ももうだいぶ更《ふ》けている。夜の山小屋は寒かった。毛布もなにもない山小屋で、三人は背すりあわせて、なかなか瞼《まぶた》があわなかった。山小屋のなかには、炉がきってあり、たきものの用意もしてあったが、うっかりそんなものを燃《もや》すことはできないのだ。
 燃せば、火がでる。煙もたとう、ヘリコプターの眼がこわいのである。怪《あや》しいとみれば、あいてのみさかいもなく、機関銃の雨をふらせる連中なのだ。
「仕方がない、このまま寝よう。なにすぐ夜があけるさ」
 寒さも、飢《う》えも、疲労《ひろう》にはうちかてなかった。それから間もなく三人は、うとうとしはじめたかと思うと、やがて、前後もしらず、ぐっすりと眠りこんだ。
 それから、どのくらいたったのか。
 ふたつにわれた黄金メダルや、スペインの海賊王や、さてはまた、かくされた大宝物《だいほうもつ》について、ふしぎな夢をみていた春木少年は、ふいにはッと眼をさました。夢のなかでなにやら、異様《いよう》な物音をきいたからである。
 いや、それは夢ではなかったのだ。げんにその物音はまだつづいている。パチパチと何かはぜるような音――春木少年はギョッとして、上半身《じょうはんしん》をおこしたが、そのとたん、ドカーンとものすごい音が、夜の空気をふるわしたかと思うと、山小屋がグラグラと大きくゆれた。
「なんだ、あれは……」
 戸倉老人も、その物音に、ハッと床《ゆか》のうえに起きなおった。
 いちばんノンキな牛丸平太郎までが眼をさまして、
「なんや、なんや、いまの音……」
 寝呆《ねぼ》けまなこをこすりながら、顔中を口にして、ううんと大欠伸《おおあくび》をした拍子《ひょうし》に、またもやドカーン。
「わーっ」牛丸少年はうしろへひっくりかえった。
「おじさん、六天山《ろくてんやま》の方角ですよ」
「よし、外へでてみよう」
 戸倉老人はさきに立ってでかけたが、何思ったのか、
「いや、ちょっと待て」
 と、春木少年の肩をとってひきもどした。
「おじさん、ど、どうしたんですか」
「あれ……あの音をお聞き」
 戸倉老人の顔は、するどい刃物《はもの》のようにひきしまっている。
 その声に、春木と牛丸の二少年も、ギョッとして耳をすましたが、と、どこからか聞えてくるのは、ブーというかすかな唸《うな》り声《ごえ》。ヘリコプターなのだ。東のほうから、しだいにこちらへ近づいてくる。
 牛丸平太郎はガタガタと胴ぶるいをした。
「おじさん、まだ、ぼくらを探しているのでしょうか」
「さあ?」戸倉老人が、首をかしげたときである。またもや、ドカーンと物凄《ものすご》い音がして、山小屋がグラグラとゆれたかと思うと、東の窓がパッと明るくなった。
「あっ、わかった。山塞に何かあったんだよ、それで、一味のものが、ヘリコプターで逃げだしているのだ」
 パチパチと物のはぜるような音は、ますますはげしくなってくる。ドカーン、ドカーンと、爆発するような音が、ひっきりなしにつづいて、東の窓はいよいよ明るくなってきた。
 ブーン、ブーン――竹トンボをまわすような唸《うな》りは、しだいにこちらへちかづいて、やがて、山小屋の上空までやってきた。と、思うと、
 ダダダダダダ! すさまじい音を立てて、機関銃がうなりだした。山小屋の周囲の岩石に、機関銃の弾丸《たま》が、あられのように跳《は》ねっかえる。
「あ、危い!」三人はパッと床に身をふせる。
「お、おじさん、見つかったのでしょうか」
 春木少年の声もさすがにふるえていた。
 しかし、あいては、たしかにここという確信があったわけでもないらしく、ひとしきり機関銃の雨をふらせると、そのままゆうゆうとして、西のほうへとび去った。
「ひどいやつだ。いきがけの駄賃《だちん》とばかりに、機関銃をぶっぱなしていきおった」
「いくらか臭《くさ》いとにらんだんですね」
「そやそや、ひょっとすると、このなかかも知れんと思うてうちよったんや」
 三人とも汗びっしょりである。いまさらのように、兇悪無残《きょうあくむざん》なやりかたに、腹の底まで凍《こお》るような気持ちである。さいわい、三人とも怪我がなかったからよかったようなものの、もうしばらく、機銃掃射をつづけられたら、どんなことになっていたのかわからないのだ。それを考えると、三人はゾッとして顔を見合《みあわ》せた。さて、それから間もなく、ヘリコプターの爆音が、西の空に消え去るのを待って、三人が山小屋から外へとびだしてみると、東のかた、六天山の上空には、炎々《えんえん》たる焔《ほのお》がもえあがっていた。
 パチパチと木のもえさける音、ドカーン、ドカーンとひっきりなしに聞える炸裂音《さくれつおん》、そのたびに、蒼白《あおじろ》い閃光《せんこう》が、パッと焔と煙をつらぬいて、阿鼻叫喚《あびきょうかん》の地獄絵巻《じごくえまき》とはまったくこのことだった。
 戸倉老人と春木、牛丸の二少年は、呆然《ぼうぜん》として顔を見合せたが、それにしても、どうしてこんなことになったのであろうか。
 それをお話するためには、話を少し、もとへ戻さねばならぬ。

   首領《かしら》の両脚《りょうあし》

 裏切者の机博士が、猫女《ねこおんな》のはる綱にひっかかって、あわれ断崖《だんがい》のうえから、いのちの宙吊《ちゅうづ》りをやらされたことは、諸君も知っていられるとおりである。
 町へ使いにいった、仙場甲二郎《せんばこうじろう》という男が、この宙吊りを発見するのが、もう少し遅れたら、さすがの悪党博士もどうなっていたかわからない。おそらく、綱は棒からはなれて、博士はまっさかさまに谷底へついらくし、柘榴《ざくろ》のようにはじけていたかも知れないのだ。
 しかし、さいわい、仙場甲二郎の注進《ちゅうしん》によって、山塞《さんさい》のなかは大騒ぎになった。誰も博士が首領にたいして、あのような裏切行為をはたらいたことは知らないからよってたかって、やっと博士を、崖のうえへひっぱりあげた。
 このときばかりはさすがの机博士も、よっぽど肝《きも》をひやしたと見えて、青菜《あおな》に塩《しお》のようにげんなりしていたが、それでも、いうことだけはいい。
「いや、地獄の一丁目までいってきたよ。は、は、は、とんだお茶番《ちゃばん》さ」
「先生、じょ、冗談じゃありませんぜ。いったい、誰があんなことをしたんです」
「猫女だよ」
「猫女あ……?」波立二《なみたつじ》がとんきょうな声をあげた。
「猫女といやあ、いつか首領の手から、黄金メダルの半ペラをうばっていった……」
「そうそう、あいつだ。あいつが暗闇のなかからとびだして、わしをあんな眼にあわせおったのだ。あいつはほんとに闇のなかでも眼が見えるらしい」
 さすがの荒くれ男も、気味悪そうに顔を見合せた。
「それじゃ、先生、あいつがまた、この山塞へしのびこんだというのですかい」
「そのとおり、あいつはまるで空気のように、どこからでもこの山塞へしのびこむのだ。ひょっとすると、まだそこらの闇にしのんでいて、だしぬけにズドンと一発……」
「いやですぜ、先生、気味の悪い。いかにあいつがすばしっこいたって、忍術使《にんじゅつつか》いじゃあるまいし……」
「いや、そうではない。あいつは暗闇のなかで、眼が見えるくらいだから、忍術も使うかも知れん。だって、考えてみろ。いつかの晩だって、電気が消えたと思ったら、そのとたんあいつの声が四馬頭目《しばとうもく》のうしろで聞えたじゃないか。それまで皎々《こうこう》と電気がついていたんだ。いったい、どこからいつの間に首領《かしら》の椅子のうしろまで、忍びこんできたんだ。それ、即ち忍術をつかう証拠だ」
「いやですぜ、先生、変なことはいいっこなしに願いましょう」
「いや、変なことではない。いずれにしてもあんな妙なやつが、ひょこひょこ出入りをするようじゃ、この六天山塞《ろくてんさんさい》もさきが知れているな」
 仔細《しさい》らしく首をひねる机博士の顔色に、さすがの荒くれ男たちも顔見合せた。相手の性《しょう》がわかっておれば、たとえ鬼《おに》でも蛇《じゃ》でも、おそれをなすような連中ではないが、闇のなかから声ばかり、姿も形もわからないとあっては、浮足立《うきあしだ》つのも無理ではなかった。
 ひょっとするとそこらの闇にひそんでいて、猫のように眼をひからせているのではないかと思うと、襟元《えりもと》から、冷たい水をブッかけられるような気持ちだった。
 口では元気なことをいってるものの、さすがに、あのような、いのちの宙吊りをやらされた机博士、その日は一日ゲッソリ参って、自分の部屋で休んでいたが、さて、その晩のことである。仙場や波立二たちと話をしていると、そこへ木戸《きど》という男がいそぎ足でとびだしてきた。
「おい、おまえたちは何をぐずぐずしているのだ。首領がお待ちかねだ。早く机博士をつれてこんか」
 木戸は一同を叱りつけておいて、机博士にちかづいた。
「先生、あんた首領になにをしたんです。首領はカンカンにおこってますぜ」
 首領――と、きくと、机博士の顔色はさっと鉛色《なまりいろ》になった。
「いやあ……別に……ちょ、ちょっと悪戯《いたずら》をしてみただけさ」
「なんだか知りませんが、首領をおこらせることが、どんなことだか、おまえさんもよく御存じのはずだ。いずれ、ただではすみませんぜ。さあ、おいでなさい。おい、みんな、机博士をにがすな」木戸の言葉に一同は、バラバラと机博士をとりかこんだ。こうなったら、袋のなかの鼠《ねずみ》も同然、机博士は急にガタガタふるえだした。首領のおそろしさは、知りすぎるほど知っている机博士なのだ。
「さあ、先生、それじゃお気の毒でも、いっしょにきてもらいましょうか」屠所《としょ》にひかれる羊《ひつじ》とは、このときの机博士のようなのをいうのであろう。よろよろと、足
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