があるといいんだが。待てよ、ナイフを持っているからこれで掘ってやろう」
春木は、空井戸の土壁《つちかべ》に、足場の穴を掘り、それを伝って上へあがることを思いついた。そこで、早速《さっそく》その仕事を始めた。
それは手間のかかる仕事であったが、少年は根気《こんき》よく土の壁に足場を一段ずつ掘っていって、やがて穴のそとに出ることができた。
「やれ、ありがたい」春木は、そこで大きな溜息《ためいき》を一つして、あたりを見まわした。あたりはまっくらであった。そしてまっ暗闇の中から、滝の音だけがとうとうと鳴りひびき、いっそう気味のわるいものにしていた。
ただ晴夜《せいや》のこととて、星だけが空にきらきらと明るくかがやいていた。しかし星あかりだけでは、道と道でないところの区別はつかなかった。彼は、山を下りることを朝まで断念《だんねん》するしかないと思った。むりをして下りれば、足をふみすべらして谷底へ落ちるおそれがある。
「しようがない。今夜、滝の音を聞きながら野宿《のじゅく》だ」
春木は、草の上に尻餅《しりもち》をついた。決心がつけば、野宿もまたおもしろくないこともない。ただ、明日《あした》になって、伯母《おば》たちに叱《しか》られるであろうが、それもしかたなしだ。
春木は、急に腹が空《す》いているのに気がついた。ポケットをさぐったが、例のへんな球の外になんにもない。みんなたべてしまったのだ。
そのうちに寒くなって来た。秋も十一月の山の中は、更けると共に気温がぐんぐん下っていくのであった。
「ああ、寒い。これはやり切れない」空腹はがまんできるが寒いのはやり切れない。どうかならないものか。
「あッ、そうだ。ライターを持っていた」
こういうときの用心に、彼はズボンのポケットに火縄式《ひなわしき》のライターを持っていることを思いだした。そうだ。ライターで火をつけ、枯れ枝をあつめて、どんどんたき火をすればいいのである。少年は元気づいた。
火縄式のライターは、炭火《すみび》のように火がつくだけで、ろうそくのように焔《ほのお》が出ない。それはよく分っていたが、彼はこの前、火縄の火に、燃えあがりやすい糸くずを近づけて、ふうふう息をふきかけることにより、糸くずをめらめらと燃えあがらせて、焔をつくった経験があった。その経験を今夜いかして使うのだ。
彼は、服の裏をすこしさいて、糸くずと同様のものをこしらえ、それにライターの火縄の火を燃えあがらせることに成功した。焔はめらめらと、赤い舌をあげて燃えあがった。その焔を、枯れ草のかたまりへ移した。火は大きくなった。こんどは、それを枯れ枝の方へ移した。火勢《かせい》は一段と強くなった。それから先はもう困らなかった。明るい、そしてあたたかい焚火《たきび》が、どんどんと燃えさかった。
あたたかくなり、明るくなったので、春木少年はすっかり元気になった。附近から枯れ枝をたくさん集めて来た。もう大丈夫だ。
火にあたっていると、ねむくなりだした。昼間からの疲れが出て来たものらしい。
しかしここで睡《ねむ》ってしまっては、焚火も消えてしまい、風邪をひくことになるであろうと、彼は気がついた。そこで、なんとかして睡らない工夫をしなくてはならない。彼は考えた。
「そうだ。さっき戸倉のおじさんからもらった球をしらべてみよう」
それは、この際うってつけの仕事だった。少年はポケットから、例の球を出した。火にかざして、彼ははじめてゆっくりとその品物を見たのだ。
「やッ。これは眼玉だ。気持が悪い」
彼はぞっと背中が寒くなり、眼玉を手から下へとり落とした。眼玉は、ころころところがって、焚火のそばまでいった。
「待てよ。あれはほんとうの眼玉じゃないらしい。ああ、そうだ。義眼だろう、きっと」
彼は、自分があわてん坊だったのに気がついて、おかしくなり、ひとりで笑った。
「あ、眼玉があんなところで、焼けそうになっている。たいへん、たいへん」彼はあわてて、もえさしの枝を手にとると、焚火のそばから義眼を拾い出した。
「あちちちちッ」義眼はあつくなっていて、彼の手を焼いた。彼の手から義眼は再び地上に落ちた。すると義眼は、まん中からぱっくりと、二つに割れた。
それは春木少年のためには、幸運であったといえる。なぜなら、火で焼けでもしなければ、この義眼を開けることは、なかなかむずかしいことであったから、つまりこの義眼は、一種の秘密箱であったのだ。この球を開くには、どんなにしても一週間ぐらい考えなくてはならなかったのだ。少年は幸運にもその球形《きゅうけい》の秘密箱を火のそばで焦がしたがために、秘密箱のからくりは自然に中ではずれ、彼が二度目に手から地面の上へ落とすと、ぱっくりと二つに割れたのである。しかし、これには春木少年はおどろいて、目をぱちくりした。
「おや。中になにかはいっているぞ。ああそうか。あれなんだな。あのおじさんのいったことは嘘《うそ》でないらしい」
莫大《ばくだい》なる富だ。世界的の宝だ。いったいそれは何であろうか。
春木少年は、手をのばして、二つに割れた戸倉老人の義眼を手にとって調べた。
「ああ、こんなものがはいっている」
義眼の中には、絹《きぬ》のようなきれで包んだものがはいっていた。中には、なにかかたいものがある。
絹のきれをあけると、中から出て来たのは半月形《はんげつけい》の平ったい金属板だった。かなり重い。そして夜目にもぴかぴかと黄いろく光っている。そしてその上には、うすく浮彫《うきぼり》になって、横を向いた人の顔が彫《ほ》りつけてあり、そのまわりには、鎖《くさり》と錨《いかり》がついていた。裏をかえしてみると、そこには妙な文字のようなものが横書《よこがき》になって数行、彫りつけてあった。しかしそれがどこの国の文字だか、見たことのないものだった。古代文字《こだいもんじ》というよりも、むしろ音符号《おんふごう》のようであった。
「金貨の半分みたいだが、こんな大きな金貨があるんだろうか。とにかく妙なものだ。いったいこれは何だろうか」
と、彼はそのぴかぴか光る二つに割られた黄金のメダルを、ふしぎそうに火にかざして、いくどもいくども見直した。
「字は読めないし、それに半分じゃ、しようがないが、これでもあのおじさんがいったように、これが世界的な莫大な富と関係があるものかなあ」
せっかくもらったが、これでは春木少年にとってちんぷんかんぷんで、わけが分らなかった。
さあ、どういうことになるか。
そのとき、一陣の山風がさっと吹きこんできて、枯葉がまい、焚火の焔が横にふきつけられて、ぱちぱちと鳴った。すると少年のすぐ前で、ぼーッと燃え出したものがある。
「あっ、しまった」
それは、この半月形の黄金メダルを包んであった絹のきれだった。それには文字《もんじ》が書いてあることがそのとき始めて春木少年の注意をひいたのである。火は、その絹のハンカチーフみたいなものを、ひとなめにして焼きつくそうとしている。少年は、驚いて、火の中へ手をつっこみ、燃える絹のきれをとりだすと、靴でふみつけた。
火はようやく消えた。
「やれやれ。もちっとで全部焼いてしまうところだった」
焼け残ったのはその絹のハンカチーフの半分よりすこし小さい部分だった。それにはこまかく日本文字が書いてあった。少年は、その文字を拾って読み出したが、なにしろ半分ばかりが焼けてしまったので、その文字はつながらなかった。
だが、少年は読めるだけの文字を拾っていた。が、急に彼は顔をこわばらせると、
「ああ、これはたいへんなものだ」と叫んだ。にわかに彼の身体はぶるぶるとふるえだして、とまらなかった。
なぜであろうか。
いったいその焼けのこりの絹のきれは、どんなことが書いてあったろうか。そして半月形の黄金のメダルこそ、いかなる秘密を、かくしているのだろうか。
深山《しんざん》には、にわかに風が出て来た。焚火の火の子が暗い空にまいあがる。
六天山塞《ろくてんさんさい》
さて、戸倉老人をさらっていったヘリコプターはどこへ飛び去ったか。
ヘリコプターは、暮色《ぼしょく》に包まれた山々の上すれすれに、あるときは北へ、あるときは東へ、またあるときは西へと、奇妙な針路をとって、だんだんと、奥山へはいりこんだ。
約一時間飛んでからそのヘリコプターは、闇の中をしずしずと下降し、やがて、ぴったりと着陸した。
その場所は、どういう景色のところで、その飛行場はどんな地形になっているのか、それは肉眼《にくがん》では見えなかった。なにしろ、日はとっぷり暮れ、黒白も見わけられぬほどの闇の夜だったから。ただ、銀河ばかりが、ほの明るく、頭上を流れていた。
このヘリコプターには、精巧なレーダー装置がついていたから、その着陸場を探し求めて、無事に暗夜《あんや》の着陸をやりとげることは、わけのないことだった。レーダー装置は、超短電波を使って、地形をさぐったり、高度を測ったり、目標との距離をだしたりする器械で、夜間には飛行機の目としてたいへん役立つものだ。
こうしてヘリコプターは無事着陸した。しかもまちがいなく六天山塞へもどって来たのである。
六天山塞とは、何であるか?
この山塞について、ここにくわしい話をのべるのは、ひかえよう。それよりも、ヘリコプターのあとについていって、山塞のもようを綴《つづ》った方がいいであろう。
そのヘリコプターが無事着陸すると、操縦席から青い信号灯がうちふられた。
すると、ごおーッという音がして、大地が動きだした。ヘリコプターをのせたまま、大地は横にすべっていった。
それは大仕掛な動く滑走路《かっそうろ》であった。細長い鉄片を組立ててこしらえた幅五メートルの滑走路で、動力によってこれはベルト式|運搬機《うんぱんき》のように横にすべって動いていく。そうしてヘリコプターは、山腹《さんぷく》にあけられた大きな洞門《どうもん》の中へ吸いこまれてしまった。
それから間もなく、動く滑走路は停《とま》った。そしてうしろの洞穴のあたりで、がらがらと鉄扉のしまる音が聞えた。
その音がしなくなると、とつぜんぱっと眩《まぶ》しい光線がヘリコプターの上から照らしつけた。洞門の中の様子が、その瞬間に、はっきりと見えるようになった。そこは建築したばかりの大工場で、この一棟《ひとむね》へはいった。土くれの匂いなどはなく、芳香を放つ脂《あぶら》の匂いがあった。そして壁も天井も明るく黄いろく塗られて、頑丈《がんじょう》に見えた。ただ床だけは、迷彩《めいさい》をほどこした鋼材《こうざい》の動く滑走路がまん中をつらぬいているので、異様な気分をあおりたてる。
ばたばたと、ヘリコプターをかこんだ五六名の腕ぷしの強そうな男たちは、ピストルや軽機銃《けいきじゅう》をかまえてヘリコプターの搭乗者《とうじょうしゃ》へ警戒の目を光らせる。彼らの服装は、まちまちであり、背広があったり、作業衣であったりした。
すると機胴《きどう》の扉があいて、一人の長髪の男が顔をだした。彼は手を振って、
「大丈夫だ。奴《やっこ》さんはもうあばれる力なんかないよ」
といった。この男は、生駒《いこま》の滝《たき》の前で、縄ばしご伝いにヘリコプターから下りてきて、戸倉老人を拾いあげた男だった。波立二《なみたつじ》といって、この山塞では、にらみのきく人物だった。
そのとき、奥から中年の男が駆けだしてきて、波立二に声をかけた。
「おい。戸倉はまだ生きているか。心臓の音を聴いてみてくれ」心配そうな顔だった。
「脈はよくありませんよ。でもまだ生きています」
「新しく傷を負わせたのじゃなかろうね。そうだったら、頭目《とうもく》のきげんが悪くなるぜ」
「ふん、木戸《きど》さん、心配なしだよ。おれがそんなへまをやると思いますか。射撃にかけては――」
「そんならいいんだ。担架《たんか》を持ってくるから、そのままにしておいてくれ」
木戸とよばれた中年の男は、ほっとした面持《おももち》になって、うしろを振返った
前へ
次へ
全25ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング