。担架をかついだ一隊が、停ったエレベーターからぞろぞろとでてくるのが見えた。
 その中に、ひとりいやに背の高い人物が交《まじ》っていた。首が長くて、ほんとに鶴《つる》のようである。顔は凸凹《でこぼこ》がはげしくて岩を見るようで、鼻が三角錐《さんかくすい》のようにとがって前へとびだしている。もうひとつとびだしているのは、太い眉毛《まゆげ》の下の大きな両眼だ。鼻の下には、うすい髭《ひげ》がはえている。かますの乾物のように、やせ細っている彼。そして背広の上に、まっ白の上っぱりを長々と着て、大股《おおまた》ですたすたとやって来、ものもいわずにヘリコプターの上へ登ってはいった。
 彼は、すぐでてきた。そして木戸の前に立って、ものいいたげに相手を見下ろした。
「どうだね、机《つくえ》博士」木戸は、さいそくするように、机博士の小さく見える顔を仰いだ。
「ふむ、頭目の幸運てえものさ。このおれ以外の如何《いか》なる名医にかけても、あの怪我人《けがにん》はあと一時間と生命がもたないね」
 机博士は、表情のない顔で、自信のあることばをいい切った。
「ほう、助かるか」木戸は顔を赤くした。
「ではすぐ手当をしてもらうんだ。頭目は、すぐにも戸倉をひき寄せて、話をしたいんだろうが、いったいこれから何時間後に、それができるかね」
「世間並《せけんなみ》にいえば、三週間だよ」
「君の引受けてくれる時間だけ聞けばいいんだ」
「この机博士が処置をするなら今から六時間後だ。それなら引受ける」
「よし、それで頼む。頭目に報告しておくから」
「今から六時間以内は、どんなことがあってもだめ。一語も聞けないといっておいてくれたまえ。銃弾《たま》は際《きわ》どいところで、心臓を外れているが、肺はめちゃめちゃだ。ものをいえば、血とあぶくがぶくぶく吹きでる。普通ならすでに、この世の者ではないさ。しかし奴さん、うまい工合に傷の箇所《かしょ》に、血どめのガーゼ――ガーゼじゃないが、きれを突込《つっこ》んで、器用にその上を巻いてある。奴さんにとっては、これはうちの頭目以上の幸運だったんだ」
 博士はひとりで喋《しゃべ》った。
「手術はここでするから、医局員でない者はどこかへ行ってもらいたいね」
「え、ここでするのか、机博士」
「そうさ。どうして、この重態の病人を、動かせるものかね。狭くても、しようがないやね」
 と、博士はいった。
「電気の用意ができました」
 部下の合図があった。博士は再びヘリコプターの座席へもぐりこんだ。


   男装《だんそう》の頭目《とうもく》


 それにつづく同じ夜、正確に時刻をいうと、午前二時を五分ばかりまわった時であった。
 この六天山塞《ろくてんさんさい》の指揮権を持っている頭目の四馬剣尺《しばけんじゃく》は重傷の戸倉老人と会見することになった。
 戸倉老人は、車がついている椅子《いす》にしっかりゆわきつけられたまま、四馬頭目の待っている特別室へ運ばれこまれた。そのそばには机博士が、風に吹かれている電柱のようなかっこうで、つきそっていた。
 頭目は、ゆったりと椅子から立ちあがり、カーテンをおし分けて、戸倉老人の方へ歩みよった。
 彼の風体《ふうてい》は、異様であった。
 四馬剣尺は、六尺に近いほどの長身であった。そしてうんと肥《こ》えていたので、横綱にしてもはずかしくないほどの体格だった。彼はそのりっぱな身体を長い裾《すそ》を持った中国服に包んでいた。彼の両手は、長い袖《そで》の中にかくれて見えなかった。
 その中国服には、金色の大きな竜《りゅう》が、美しく刺繍《ししゅう》してあった。見るからに、頭が下るほどのすばらしい模様であった。
 四馬剣尺の顔は見えなかった。
 それは彼が、頭の上に大きな笠形の冠《かんむり》をかぶっていたからで、その冠のまわりのふちからは、黒い紗《しゃ》で作った三重の幕が下りていて、あごの先がほんのちょっぴり見えるだけで、顔はすっかり幕で隠れていた。
「おい、戸倉。今夜は早いところ、話をつけようじゃないか」頭目四馬は、おさえつけるような太い声で戸倉老人にいった。
 戸倉は、青い顔をして、椅子車《いすぐるま》の背に頭をもたせかけ、黙りこくっていた。死んでしまったのか、睡っているのか、彼の眼は、茶色の眼鏡の奥に隠れていて、あいているのか、ふさいでいるのか分らないから、判断のつけようがない。
「おい、返事をしないか。今夜は早く話をつけてやろうと、こっちは好意を示しているのに、返事をしないとは、けしからん」
 そういって四馬は、長い袖をのばすと、戸倉の肩をつかんで揺《ゆす》ぶろうとした。
「おっと待った、頭目」と、とつぜん停めた者がある。机博士であった。彼は、頭目の前へ進みでた。
「頭目。あんたから、わが輩《はい》が預っているこの怪我人は、奇蹟的《きせきてき》に生きているんですぞ。手荒なことをして、この老ぼれが急に死んでしまっても、わが輩は責任をおわんですぞ。一言おことわりしておく次第である」
 机博士は、俳優のように身ぶりも大げさに、戸倉老人が衰弱しきっていることを伝えた。
「ちかごろ君の手術の腕前もにぶったと見える」
「肺臓の半分はめちゃめちゃだった。それを切り取ってそのかわりに一時、人工肺臓を接続してある。当人が、自分の手で人工肺臓を外すと、たちまち死んでしまう。つまり自殺に成功するわけだ。だからこのとおり椅子にしばりつけてあるわけだ。当人があばれん坊だからしばりつけてあるわけではない。以上、責任者として御注意しておきます」
 と、机博士は手を振り足を動かし、ひびのはいったガラスのコップのような戸倉老人の健康状態を説明すると、うやうやしく頭目に一礼して、椅子車のうしろへ下った。
「博士。しかしこの老ぼれは、喋《しゃべ》れないわけじゃなかろう」
「ここへ担ぎこまれたときは、血のあぶくをごぼごぼ口からふきだして、お喋りは不可能だった。が、今手当をしたから、発声はできます。もっとも当人が喋る気にならないと喋らないでしょうが、それはわが輩の仕事の範囲ではない」
 戸倉老人に返事をさせるか、させないかは、頭目、あんたの腕次第だよ――と、いわないばかりだった。
「ふん」頭目は、つんと首をたてた。「わしは知りたいと思ったことを知るだけだ。相手が柿の木であろうと、人間であろうと、太陽であろうと、返事をさせないではおかぬ。それに、このごろわしは気が短くなって、相手がぐずぐずしていると、相手の口の中へ手をつっこんで、舌を動かして喋らせたくなるんだ。すこしらんぼうだが、気が短いんだからしようがない」
 机博士も木戸も、その他の幹部たちも、おたがいの顔を見合した。頭目がそんなことをいうときには頭目はきっとすごいことをやって、部下たちをびっくりさせるのが例だった。その前に、頭目は、しっかりとした計画をたてておく。それからそれに向ってぐんぐん進めるのだった。だから、成功しないことはなかった。らんぼう者のように見えながら、その実はどこまでも心をこまかく使い、抜け目のないことをする頭目だった。部下たちが、頭目に頭が上らないのも、そこに原因があった。
 はたして、その夜のできごとは、後日になって部下たちがたびたび思いださないではいられないほどの、重大な意味を持っていた。その重大なるできごとは、今、彼らの目の前でくりひろげられようとしているのだ。
「おい、戸倉。きさまの生命《いのち》を拾って、ここへ連れてきてやるまでには、三人の生命がぎせいになっているのだぞ。きさまを救うためにきさまを襲撃した二人連れのらんぼう者を撃《う》ち倒《たお》したのは、わしの部下だった。可哀《かわい》そうに自分も撃たれて生命を失った。死ぬ前に、彼は携帯用《けいたいよう》無電機でその場のことをくわしくわしのところへ報告してきた。報告が終ると彼は死んだのだ。いい部下を、きさまのために失ってしまった。わしは、きさまから十分な償いを受けたい」
「私だって、ひどめ目に[#「ひどめ目に」はママ]あっている。おたがいさまだ」
 戸倉老人が、はじめて口をきいた。軽蔑《けいべつ》をこめた語調《ごちょう》だ。
「ふん。なんとでもいうがいい」頭目四馬は軽くうけ流すと、一歩前進した。「そこでわしは取引を完了したい。おい、戸倉。きさまが持っている黄金《おうごん》の三日月《みかづき》を、こっちへ渡してしまえ」
 四馬がずばりと戸倉老人に叩《たた》きつけたことば! それはあの黄金メダルの片われを要求しているのだった。
「なにが欲しいんだか、私にはちんぷんかんぷんだ」
 老人は、いよいよ軽蔑をこめていう。
「こいつが、こいつが……。きさまが黄金の三日月を知らないことがあるか。きさまが持っていることは、ちゃんと種《たね》があがっているんだ。早く渡してしまった方が、とくだぞ」
「わしはそんなものは知らない。もちろん、持ってはいない。いくどきかれても、そういうほかない」
 戸倉老人の語調は、すこし乱れてきた。机博士はうしろで注射薬のアンプルを切る。
「知らないとはいわせない。では、これを見よ」
 四馬は、とつぜん右手で長い左の袖をまくりあげた。左の手首があらわれた。そのおや指とひとさし指との間に支えられて、ぴかりと光る小さな半月形《はんげつがた》のものがあった。例の黄金メダルの片われであった。しかしこれは春木少年が今持っているあの片われとは形がちがっていた。
 つまり、春木少年の持っているのは、片われにちがいないが、半分よりすこし大きく、メダルの中心から角をはかると、百八十度よりも二十度ばかり大きい。今、四馬が指の先につまんで見せたのは、半分より小さいもので扇形《おうぎがた》をしている。
 それを頭目は戸倉の前へつきつけた。
「どうだ。これが見えないか」
「あッそれだ。や、汝《なんじ》が持っていたのか。ちえッ」
 戸倉老人は、かん高い声で叫ぶと、手を延《の》ばそうとした。しかし手足は、椅子車に厳重にしばりつけられてあって、手を延ばすどころではない。彼は残念がって、かッと口をあくと、頭目のさしだしている黄金メダルを目がけて、かみついた。
「おっと、らんぼうしては困る。はっはっはっ」
 頭目は、あやういところで、手を引いた。
「はっはっはっ。これが欲しいんだな。きさまにくれてやらないでもないが、その前に、きさまが持っている他の半分をこっちへだせ。一週間あずかったら、両方とも、きれいにきさまに返してやる。どうだ、いい条件だろうが。うんといえ」
 このとき戸倉は、ぐったりとして、頭を椅子の背につけた。目をむいているのか、目をとじているのか、それは茶色の眼鏡にさえぎられて分らないが、彼の両肩がはげしく息をついているところを見ると、戸倉老人は今なんともいえない悪い気持になって苦しんでいるものと思われる。もちろん、彼は頭目の話しかけに、一度もこたえない。
「黙っていては、わからんじゃないか。わしは早い取引を希望しているのだ。おい、戸倉。きさまが黄金三日月をかくしている場所をわしが知らないとでも思うのかい」
 それを聞いて戸倉老人は、ぎょっと身体をかたくした。
「ははは。今さらあわててもだめだ。わしは気が短い。欲しいものは、さっそく手に入れる。まず、これから外《はず》して……」
 四馬の手が、つと延びた。と思うと、戸倉老人がかけていた茶色の眼鏡が、頭目の手の中にあった。眼鏡をもぎとられた老人の蒼白《そうはく》な顔。両眼は、かたくとじ、唇がわなわなとふるえている。
「ふふふ。きさまがおとなしくしていれば、わしは乱暴をはたらくつもりはない。そこでわしが用のあるのは、きさまが目の穴に入れてある義眼《ぎがん》だ。それを渡してもらおう」
「許さぬ。そんなことは許さぬ。悪魔め」
 老人は大あばれにあばれたいらしいが、手足のいましめは、ぎゅっとおさえつける。
 四馬はそれを冷やかに見下して、
「ええと、きさまの義眼はたしか右の方だったな。おい、みんなきて、戸倉の頭を、椅子の背におしつけていろ」
 木戸や波や、その他の部下が戸倉にとびついて
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