ながそで》から愛用の毒棒《どくぼう》をつきだしている。
「うッ!」博士は青くなって、さっと両手をあげた。あの毒棒は、押|釦《ボタン》一つおすと、一回に十本の錐《きり》が、さきにおそろしい毒をつけたまま、相手の身体にぐさりとつき刺すのであった。その毒の調合をしたのは、机博士自身であったから、その猛毒については誰よりも博士が一番よく知っている。だから博士が青くなって両手をあげたわけだ。
「この間から、どうもお前の様子がへんだと思っていたが、この部屋でいったい何をしようと思っていたのだ」
 頭目は落ちつき払った中に、憎《にく》しみのひびきのはっきり分る声で、博士をきめつけた。
 博士は、口をかたくつぐんでいた。
「いうんだ。いわないと、こいつがとんでいく。お前がよく知っている恐ろしい毒矢《どくや》がくらいたいか、それともいってしまうか」
「黄金メダルの半分の写真でもお持ちなら、ちょっと見せていただきたいと思ったのです。それだけです」
 博士は、ついに返事をした。
「それだけだって。ふふン」と頭目は皮肉《ひにく》に笑って、
「しからば、お前はチャンフーのところから、三日月形の半ぺらを持ってきたんだな。いや、ちがうとはいわせない。そうでなければ、おれが持っていた半ぺらの方を見たいなどという気を起すはずがない」
 そうではないと、博士は一生けんめいに弁明した。だが、博士の弁明が真剣になればなるほど、頭目はそんなことが信じられるか、とはねつけた。そしてついに、
「そうだ。これからお前の部屋へいこう。この部屋でやったとおりのことを、おれはお前にやりかえしてやる。部屋のものをみんなひっくりかえして、総探《そうさが》しをやってやる」
「あッ、それは……頭目。許して下さい」
 博士の態度が一変して、気が変になったように見えた。が、すぐ博士は元にかえって、そのような乱暴は思い止《とどま》ってくれと哀願《あいがん》した。
「ならん。お前の部屋へゆくんだ。先へ歩け。命令をきかねば、毒矢をぶっ放すぞ」
 もう仕方がなかった。机博士は、しおしおと歩きだした。その背中に、頭目が毒矢銃をぴったりとおしつけた。
「自業自得《じごうじとく》だ。頭目をだしぬこうなんて、反逆行為だ。反逆行為の刑罰はどんなものだか、知っているだろう」
 向うを向いて、重い足をひきずって進む机博士の顔には、ふしぎな笑《え》みが浮んでいた。
(今にめにものを見せてくれる。その時になって腰をぬかすまいぞ。へん、おれの作った罠の中にわざわざおはいり下さるのだ。四馬剣尺の化《ば》けの皮を、今にひんむいてくれる)
 博士のひそかなる気味のわるい笑いは、もちろん頭目には見えるはずもなかった。その頭目もまた、ひそかなる笑みを口のあたりに浮べていたのだ。
(見ろ。こんどというこんどは、陰謀屋《いんぼうや》の机博士に致命傷《ちめいしょう》をくらわせてやる。きさまは、自分のわる智恵の中に、自分でおぼれてしまうのだ。それにまだ気がつかないとは、きさまもあんがい頭がよくないて)
 狐《きつね》と狼《おおかみ》の化かし合いだ。どっちが狐で、どっちが狼か。それはしばらく見ていなくては、きめかねる。
 ついに机博士は、自分の部屋の扉を開いた。そのとき彼は、自分のうしろに異様《いよう》な気配を感じたので、はっとしてふりかえろうとした。
「ふりかえるな。向うを向いていろ」頭目が大声で叱りつけた。博士はぎくりとして、首を正面へ向けかえた。……が、今ふりむいたときにちらりと見たことだが、頭目のそばにもう一人背の高い人物がいたように思った。
「早くはいれ」机博士は背中をつかれた。
 そこで室内へ足をいれた。室内は、暗室《あんしつ》になっていた。ただ桃色《ももいろ》のネオン灯《とう》が数箇、室内の要所にとぼっていて、ほのかに室内の什器や機械のありかを知らせていた。
「部屋を明るくするんだ。これじゃ暗すぎて、なんにも見えない」頭目がそういった。
(待っていました!)
 と、博士は、心の中でおどりあがった。
「はい。今、明るくします。ちょっとお待ちなすって」
「へんなまねをすると許さんぞ。おれはお前のそばをはなれないから、そう思え」
 頭目が部屋の中へ足を踏み入れた。
「大丈夫です。へんなまねなんかしません。そこに油だらけの機械がありますから、けつまずかないようにして下さい。今すぐスイッチをひねりますから、ちょっと――」
 博士はぐんぐん奥へはいっていった。そして壁ぎわに置いてある四角い機械のうしろへまわった。博士の顔には、またもや気味のわるい微笑が浮かんだ。
(今だ。化けの皮をはいでやるときがきたぞ。覚悟《かくご》しろ)
 博士はスイッチを入れた。それこそこの間中から博士が考案し、組立てていた大きなエックス線装置であった。これは広角度にエックス線を放射して、人間の身体全体を照らし、そして部屋のまん中にぶら下げてある、幅二メートル高さ三メートルの大きな蛍光幕《けいこうまく》にその透視像《とうしぞう》をうつしだすようになっていた。これは、いつも覆面《ふくめん》をしている頭目を、エックス線で照らして、その正体を見てやろうという陰謀であった。そして思いがけなく、早くその機会がきたのだ。頭目の方からこの部屋へ足をはこんで、はいってきたのだ。こんないいことはない。机博士は興奮をおさえきれない。
 さッと、蛍光が、幕面を照らした。
 実にたくみに、頭目の全身の透視像が幕面に写った。着衣や冠の輪廓《りんかく》がうすく見える中にありありと黒く、むざんな骸骨姿《がいこつすがた》がうつしだされた。これが頭目の骨格《こっかく》なのだ。
「あッ」頭目は気がついた。
 手にしていた毒矢のはいった棒銃をふりあげた。その恰好《かっこう》が、そのまま幕にうつった。おそろしい骸骨が、生きているように動き、いかりに燃えて棒をふりあげたのだ。そのすさまじい光景は、筆にも画にものせられないほどだった。
 ガーン。毒矢の棒は博士の方へとんできた。と、室内の電灯が全部消えた。完全な暗黒となった。そしてつづけさまに、いろいろな器物のこわれる音がした。
 机博士の声はしなかった。また頭目の声もしなかった。
 博士は、おそろしいものを見たのだ。
 頭目の骸骨像によって、頭目の正体は、世にも奇怪なものであることが判明した。それはたしかに小さな男だった。その小さな男が、足に一メートル位もある高い棒をつけて立っているのだ。その上に裾《すそ》を高くひいた中国服を着ている。こうしてエックス線で透視してみないかぎり、頭目の秘密が明かるみへだされることはなかったであろう。
 四馬頭目の正体は、小さな男だったのか。
 この部屋に、このおそるべき光景を見た者が外にもう二人いた。それはその前にこの部屋に忍びこんでいた春木少年と牛丸少年とであった。二人はおそろしさに、もう生きた心地もなかった。さて、まっくらがりになったこの部屋のおさまりは、いったいどうなるのであろうか。

   秘密《ひみつ》の抜《ぬ》け穴《あな》

(われらの首領というのは、小男であったのか!)
 机博士は、その意外に心をうたれ、危険の中に、しばらくぼんやりしていたほどだ。
 彼は、首領がもっとほかの人物であると思っていたので、その予想は、エックス線を首領にあびせた結果、すっかり思いちがいであることが証明された。
(だが、どうもまだ、ふにおちないところがある。いつぞや、ひそかに懐中電灯《かいちゅうでんとう》を首領の顔の下に近づけて、覆面《ふくめん》ベールの中にある顔をちらっと見たことがあったが、あのときの首領の顔は、目鼻立のよくととのったりっぱな顔であった。女にも見まがうほど美しい顔であったが……)
 と、机博士の頭の中には、答がわり切れないで、ぐるぐる渦《うず》をまいていた。さっき、エックス線で首領の顔をてらしつけ、首領があっとひるむところを、すばやく前へとびだしてあのベールをかかげて、首領がどんな素顔をしているか、それをたしかめればよかったのだ。だがそれをしなかった。不覚《ふかく》のいたりだ。もっとも、そんなことをすれば、首領は一撃のもとに自分を毒針《どくばり》でさし殺したかもしれない。これだけのことを考えるのに、永くかかったわけではなく、危険の下に首をちぢめている机博士の頭の中を、電光のように走った思いであった。
 がらがらッと、またもや器物がなげつけられ、机博士の頭の上に降ってくる。そして首領のあらあらしい息づかいが、だんだん近くによってくる。
(あぶない。このままでは殺される。どうかして逃げだしたい。穴倉《あなぐら》へつづくあの下り口まで、うまくたどりつけるだろうか。下り口の戸を開くまで、死なないでいるかしらん)
 博士が思いだしたのは、この部屋の東よりの隅《すみ》に、地下の穴倉へつづく下り口があることだった。これは博士が、他の者に見せたくない器械や材料などをかくしておくために作った秘密の物置であって、この山塞では彼以外に知る者はなかった。その穴倉の中には、さらに、抜け道があって、それをくぐっていくと、山塞の外へでられるのだ。もっともそこは、けわしい崖《がけ》の上にあって、そこから街道へ下りるには、特別の道具がないとだめであった。そのかわりに、このけわしい崖の上に開いた抜け道は、他の者の目につくような心配は、まずないものと思われ、机博士は十分自信を持っていたのであった。その抜け道のコースへ、とびこみたい。下り口のところまで、無事にゆきつくかどうか。
(やっつけろ)
 もうこうなれば、運を天にまかせる外ないと、机博士は決心をかためた。二カ所や三カ所に傷をこしらえるのは覚悟の上で、博士はくらがりを手さぐりで、横にはっていった。
 なんでも、やってみることだ。荒れる首領の攻撃は、机博士の身体の移動のあとを追っかけてはこなかった。やっぱり、元のところに博士がかくれていると思い、がらがらッどすンどすンと、しきりに重いものがなげつけられていた。だから机博士は、反《かえ》って危険を抜けることができ、うれしさに胸をおどらせながら、下り口のところにはまっている揚《あ》げ戸《ど》をひきあけることができた。
 すこしは音がした。しかし室内はどんがらどんがらやっている最中であったから、すこしぐらいの音は相手に聞えそうもなかった。博士は、してやったりと、揚げ戸の下へ身体をもぐらせた。足の先に、階段がさわった。もう成功である。彼は、すっかり中へはいった。そして、揚げ戸を静かに閉めた。誰も追い迫ってくる様子はなかった。博士は、ほっと安心の一息をついた。
 ここまでくれば、虐殺者《ぎゃくさつしゃ》の手をのがれたようなものだ、と机博士は思った。彼は手と足で階段をさぐりながら下りていった。階段を下り切った。そこに厚いカーテンが二重に張ってあった。その向こうが物置の相当広い部屋になっているのである。博士はカーテンをおして中へはいった。中は、まっくらだった。
「おやッ。今日は電池灯《でんちとう》が消えている」
 そこには、いつもは電池灯がついていて、室内を照らしていた。これは停電に関係なく、いつでもついている電灯であった。それが今日は、運わるく消えている。どこか故障をおこしたのであろうか。そう思いながら、机博士は、鼻をつままれても分らない闇の中を、手さぐりで足をひきずりながら五六歩もすすんだであろうか、そのとき大きなおどろきが、彼を待ちうけていた。とつぜん彼の両《りょう》の手首が、何者かによって、ぐっとにぎられたのであった。
「ほほほ、待っていたよ、博士さん」
 闇の中に、たしかに女にちがいない声であった。何者?

   おお、猫女《ねこおんな》

「誰だ、君は!」博士は度肝《どぎも》をぬかれて、かすれた声で、やっとこの短いことばを相手にぶっつけた。
「あたしかね。あたしは『猫女』さ。どうぞよろしく」
「えッ、猫女……」机博士のおどろきは、五倍になった。
「猫女が、なぜこんなところに――」
「大きな声をおだしでないよ。上では、あのとおり大ぜいさんが
前へ 次へ
全25ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング