って、頭目に知らせるよう大さわぎを始めたんです。いったい頭目は、どこへいったんです」それに答えないで、頭目はぴしゃりとことばを机博士に叩きつけた。
「お前は、チャンフーの店前で、なにか手品をやりゃしなかったか」
「手品ですって。とんでもない。私は、手術ならやりますが手品はやりませんよ」そういって机博士はうそぶいた。
 二人の間に、しばらく沈黙があった。
 と、とつぜん博士は口を開いた。
「チャンフーを殺したのは私じゃありませんよ。あんな老ぼれを殺す理由なんか、私にはありませんからね。……それより頭目。早くあの店へいって黄金メダルを持ってきたらどうです。頭目が今まで持っていたのは猫女《ねこおんな》に奪われちまったんだし、さびしいですからねえ。あれが一つ手にはいれば――」
「やめろ。あの店にはもう黄金メダルはないんだ。チャンを殺した犯人が持っていったのか、それとも……」
「それとも」
「まあ、それはいうまい」
「頭目。はっきりいって下さい。私が盗んできたとでもいうのですかい」
「おれは知らない。今日までかかって、いろいろと調べたが、手がかりなしだ」
 頭目は、いつになくがっかりした調子でいった。

   監房《かんぼう》生活

 その後、牛丸平太郎少年は、監房の中におしこめられたままになっていた。あれ以来一度も頭目の前にもひきだされないし、またその手下《てした》のためいじめられもしなかった。むしろ牛丸少年は、山塞の人々から忘れられたようになっていた。
 たいくつで、やり切れない牛丸少年であった。三度の食事が待ちどおしかった。その食事は、口がきけず耳のきこえない男が、きちんきちんとはこんでくれた。「小竹《こたけ》さん」と呼ばれることもあった。
 とにかく小竹さんが顔を見せてくれるのが、牛丸少年にとって、一日中の一番うれしいことだった。少年は小竹さんに対し、親しみの表情を示したが相手の小竹さんにはそれが感じられたことはない。いつも寝ぼけているような間ぬけ顔であった。牛丸少年は、たいくつに閉口《へいこう》しながら、一つの願いを持つようになった。それはいつか頭目の前へいっしょに呼びだされた戸倉老人と、話しあうようになりたいという望みであった。
 あの老人も、たしかにこの地下牢のどこかの一室におしこめられているはずだった。それはいったいどこだろう。そしてどうしたらあの老人と連絡がとれるだろうか。牛丸少年はそれを宿題として考えはじめると、すこしもたいくつでなくなった。ただし、この宿題の答は、かんたんにはでてこなかった。
「戸倉老人の監房は、もう一階下にあるんだな」やっとこの答が少年の頭の中に浮かんできた。それは小竹さんが食事をはこぶときの行動で、それと察したのである。
 なぜかというと、小竹さんが食事を持ってくるときは、それを手さげ式の金属製の岡持《おかもち》に入れて持ってくる。そして牛丸少年の監房の前に止まって、食事をさし入れる。それから小竹さんは、ずんずん奥へ歩いていくが、小竹の足音と岡持のがちゃがちゃ鳴る音が、やがて階段を下っていくのが分る。それから五分ほどすると、小竹さんは引返してきて、牛丸の監房の前を通りすぎる。これによって考えると、戸倉老人は、もう一階下の監房に入れられているらしい。
(一階下にあのおじさんが入れられているんだったら、ぼくと話をするのはちょっとむずかしいことになる)
 少年は、ざんねんに思った。
 しかしなにかうまい方法を考えつくかもしれないと、その後も頭をひねって、監房の前の交通に注意を怠《おこた》らなかった。
 机博士が、朝早く一度、前を往復する。しかし牛丸少年のところへは寄らない。どうやら博士は、階下《した》の戸倉老人を診察にゆくように思われる。老人は、ずっと身体がよくないのであろう。ある日の夕方、食器を下げるために、小竹さんがまわってきた。いつものように頬《ほお》かぶりをし、その上にうす茶色の、かたのくずれた鳥打帽をのせていた。彼は、監房の鉄格子《てつごうし》をとんとんと叩いて、牛丸少年に早く食器をだせとさいそくした。
 牛丸は、食器を両手に持って、入口までいった。そして鉄格子の向うに待っている人物と顔を見あわせて、おどろいた。
「しいッ」相手は、唇へ指を立てて、しずかにするようにと注意した。頬かぶりに鳥打帽の姿はいつも見なれた小竹さんの姿だったが、顔はちがっていた。ひげだるまのような戸倉老人であったではないか。
「あッ、あなたは、どうしてここへ……」
「しずかに、わしは君に聞きたいことがあって、危険をおかしてここへやってきた」
 と、老人はそれから岡持を床へおき、顔を鉄格子につけて早口で牛丸君に話しかけた。そのときの話は、主に春木少年のことであった。だが老人は、彼が春木に渡した黄金メダルのことについては一言もいわなかった。老人の知りたいのは、春木君の安否《あんぴ》であったようである。
 だが老人は、牛丸少年の話から考えて、春木少年の身の上に危険があることを悟《さと》った。それで春木君に警告するために、なんとか方法を考えたいと、これは牛丸君にも話した。
「ぼくをここから逃がして下さい。そうすればきっと春木君に、あなたの言伝《ことづて》をつたえます」
 牛丸はそういった。老人は考えておくといい、その場を去った。彼は奥へ引返し、そして階段を下りていった様子である。
 それからしばらくすると、彼はもう一度牛丸の監房の前へやってきた。だがそれは戸倉老人ではなく、本物の小竹さんであった。
 牛丸は、おやおやと思った。そして疑問が一つ、ぴょんと湧《わ》いてでた。
(おかしいぞ。戸倉老人は、この口がきけず、耳のきこえない小竹さんに、どういう方法で話を通じて、小竹さんに変装《へんそう》することを承知させたのだろうか)
 全くふしぎなことだ。
 ひょっとすると、小竹さんは、わざとよそおっているのではあるまいか。そう思った牛丸少年は、空《から》になった食器を渡しながら、小竹さんに話しかけた。すると小竹さんは、首を左右に振り、耳と口とを指さし「自分は口がきけず耳がきこえない」と身ぶりで語って、すぐ立ち去った。
「ふーン。やっぱり小竹さんは、ほんとに口と耳が不自由なのかしら」
 牛丸少年は、ため息をついた。
 その後も、牛丸はしんぼうづよく、毎回小竹さんに話しかけた。だが小竹さんの態度は同じことであった。
 ところが、それから三日目に、思いがけないことが起った。
 それは夕食後、小竹さんが食器をあつめにきたときのことだった。牛丸少年が、食べ終ったあとの皿二枚とスープのコップとを、小さい窓口から小竹さんに渡そうとしたとき、あッという間に皿は牛丸の手をすべって――いや、牛丸少年は皿を小竹さんに渡し終ったつもりだったから、手をすべらせたのは小竹さんの方であろう――皿は少年の監房の床に落ちて、小さな破片になってとび散った。牛丸は青くなった。今にも小竹さんから、すごい形相《ぎょうそう》でにらみつけられて怒られるだろうと思った。
 小竹さんは、そうしなかった。彼はかぎをだして、監房の戸を開いた。そしてしずかに中へはいって、破片をひろいだした。破片を岡持の中へ拾っているのだった。牛丸はおだやかな小竹さんの態度にますます恐縮《きょうしゅく》して、彼もまた一生けんめいになって破片を拾った。
 しばらくしてそれは終った。小竹さんはそのまま立ち上り、外へでた。そして入口に錠をかけりて立ち去った。その小竹さんのおだやかさに、牛丸は始めたいへんに叱られると思っていただけに非常に意外で、小さい窓口から小竹さんのうしろ姿を見送っていた。
 そのときであった、彼はうしろから、かるく背中を叩かれた。
 [#底本では1字下げしていない]おどろいた、このときは! この監房には自分の外に誰もいないのだ。だから少年はびっくりして、その場にとびあがったのだ。ふりかえった。
「あッ」
「しずかに!」白いきれを頭からすっぽりかぶり、すその方まで長くひいた怪物《かいぶつ》が、子供の声をだした。その白いきれがとれ、中から少年の顔がでた。
「あッ、春木君!」
「牛丸君。よくぶじでいてくれたね」
「ぼくを助けにきてくれたんやな。こんなあぶないところへ、よくきてくれたなあ」二人は、ひしと抱きあい、頬と頬とをおしつけて涙をとめどもなく流した。
 どうして春木少年は、このおそろしい山塞にもぐりこんだのか。また、小竹さんが、なぜ春木少年を、そっとこの監房の中へすべりこませたのか。
 そのような春木少年の冒険ものがたりは、その夜くわしく、牛丸君に語られた。
 また、牛丸君の家がその後、どうなっているかということや学校の話、警察の話、チャン老人殺しの話など、春木君が牛丸君のために話してやることは多かった。
 牛丸君の方でも、この山塞に連れてこられてからこっちのことについて語ることが少くなかった。
 それらのことがらの中で、読者がまだ知らない話をここで述《の》べたいのであるが、今はそれができない。というのは、今ちょうど、机博士の身の上におそろしい危難が迫っているからである。その方を先に記《しる》さなくてはならない。

   罠《わな》くらべ

 黄金《おうごん》の糸で四|頭《とう》の竜《りゅう》のぬいとりをしたすばらしくぜいたくなカーテンが、頭目台《とうもくだい》のうしろに垂《た》れている。
 台の上には、頭目用の椅子が一つおかれているだけで、人の姿はその上にない。いやこの部屋には今誰もいない。
 垂れ幕の奥では、かすかな音が、ときどき聞える。
 頭目が、この夜更《よふ》けに、なにか仕事をしているのであろうか。もう只今《ただいま》の時刻は、その山塞の人々ならどんな呑《の》んだくれの若者も寝床《ねどこ》について、高いびきを一時間もかいたはずであった。午前三時だ。ここ山塞も、丑満時《うしみつどき》を越えた真夜中である。では、誰であろうか。黄竜《こうりゅう》の奥の間で、ひっそりと物音をさせているのは?
 それこそ机博士であった。
 博士ただひとりだ。博士は、眉《まゆ》をつりあげ、額《ひたい》に青筋《あおすじ》を立て、真剣になって、黄竜の間で家探《やさが》しをしている。
 机の引出もあけた。戸棚もみんなあけて調べた。秘密の大金庫も、壁からくりだして、すっかりあけて調べた。ありとあらゆる什器《じゅうき》や家具を調べ、今は、壁をかるく叩いてまわっている。どこかに彼の知らない極秘の隠《かく》し場所があるかもしれないと思ったからだ。だがみんな失敗だった。
(無い。なんにも無い。黄金メダルに関するものは、こんなところへはおいておかないのかな)
 博士は無念に思って、唇をかんだ。
(たしか、この前、この部屋へ黄金メダルをしまうのを見たのだが……あれは、たとえ猫女《ねこおんな》に奪われたにしろ、あの頭のするどい頭目のことだから、メダルの写真とか、関係書類とかを、ちゃんと保存してあるにちがいないんだが、どうも見あたらないなあ)
 机博士は、チャンフー号の店で、秘密に撮影した三日月形の方の黄金メダルの半ぺらの写真を持っている。もし頭目の部屋に、頭目が猫女にとられた、扇形《おうぎがた》の方の半ぺらの写真を持っているなら、それを手に入れたいと思った。そして両方をつきあわせてみるなら、この黄金メダルの秘密も解《と》けるにちがいないと考えたのだ。(なにも、生命をまとにして、本ものの黄金メダルを手にいれないで、写真さえあれば、たくさんなのだ。そこに彫《ほ》りつけてある暗号を解きさえすれば、大宝庫《だいほうこ》の場所が分るにちがいない。おれは頭目などより、一枚|役者《やくしゃ》が上なんだ)と、博士は思っている。
 だが、いよいよ探してみると、ここぞと思った黄竜の間に、思う品物がないのである。博士はくやしくてならなかった。腕組《うでぐみ》をして考えこんだとき、
「手をあげろ。横着者《おうちゃくもの》め」と、はげしい叱《しか》り声が、入口の方からひびいた。いつの間にか黄竜の幕をかきわけ、四馬頭目の巨体《きょたい》が、長袖《
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