に持っていくことは容易なことではなかった。
 秋吉警部はだんだんやつれていった。そして事件は迷宮入りらしく思われてきた。
 もしも、チャン老人が殺される日、あの店をたずねた客たちが名のってでるなら、警部は有力な手がかりをつかんだであろう。しかし誰も名のってでるものはなかった。むりもない。かかりあいになるのを恐れてのことだ。


   金谷《かなや》先生しゃべる


 海岸通り横丁《よこちょう》の老骨董商殺《ろうこっとうしょうごろ》しのニュースは、その翌朝には、新聞記事になっていた。
 春木少年や牛丸少年の組をあずかっている金谷先生も、この新聞記事を読んだ。そしてすぐ気がついた。
「ははあ。あの店だ。昨日《きのう》飾窓《かざりまど》をのぞきこんだが、金貨の割れたのを、れいれいしく飾ってあった、あのがらくた古物商だ。
 あの家の主人が殺されたんだな。それを分っていれば、もっとよく顔を見ておくんだったのに」
 と、先生はすこしばかり残念であった。先生は登校すると、この話をとくいになって教員室にしゃべり散らした。
「白いひげを長くたらした爺さんなんですよ。いかにも小金をためているという風に見えましたね。そういえば、福々《ふくぶく》しい顔なんだけれど、どことなくきついところがあったな。やっぱり自分の悲惨な運命が、人相にあらわれていたんですよ」
 こんな風に話すものだから聞き手の先生がたは、もっとくわしいことを聞きたがった。
「いや、それだけのこと。ぼくは、中へはいって見ようかと思ったんですが、連れの立花《たちばな》先生がいやな顔をしているので、それはやめましたよ。あのときはいっていれば、もっと諸君におもしろい話ができたんだがなあ」
 金谷先生がそういうと、聞手《ききて》の先生たちはみんな笑った。
 そこへ立花先生がはいってきた。
「まあ、みなさん、なにをそんなにおもしろがっていらっしゃるんですの」と、にこにこしてたずねた。
「あはは。金谷先生が、例の殺されたチャンという万国骨董商《ばんこくこっとうしょう》の店を、昨日のぞいたというんです」
「まあ、いやなことですわ」
 と、立花先生は、美しい眉《まゆ》をひそめた。
「金谷先生は、あの店主が殺されると分っていたら、店の中へはいって、しげしげと見てくるんだったなどというもんだから、みんなで笑っていたところなんです」
「気味のわるいお話は、もう聞きたくありませんわ」
「金谷先生のいうことに、連れの立花先生がうしろにこわい顔をして立っているものだから、ついにはいるのをあきらめたといってますよ」
「えッ」と立花先生はかたい顔になって金谷先生の方に向き直ったが、すぐ顔を和《やわら》げ、
「金谷先生。よけいなおしゃべりをなさるものじゃありませんわ。かかりあいがあると思われて、警察へひっぱりだされるようなことがあったら、つまらないじゃありませんの」と、かるくたしなめた。
「まいった。これは一本まいりました。今までのおしゃべりは取消しだ」
 と、金谷先生はすっかり悄気《しょげ》てしまった。それがまたおかしくてたまらないと、同僚たちは腹をかかえて笑った。
 金谷先生は、てれくさくなって、ひとりその座を立って、運動場へでていった。運動場では、早く登校した生徒たちが、元気にはねまわっていた。
「金谷先生」先生は、自分の名前をよばれて、はっとわれにかえり、その方を見た。
 四人の少年が、そろって、前へ近づいた。その中には春木少年の顔が交《まじ》っていた。その外に、小玉《こだま》君、横光《よこみつ》君、田畑《たばた》君の三少年がいた。
「どうしたの。いやに改まっているね」
 と、金谷先生が受持の学童の顔を見まわした。
「先生。ぼくたち四人は、少年探偵団を結成しようと約束したんです。それで、先生に少年探偵団の顧問《こもん》になっていただきたいのです」少年たちの話は意外な申入れだった。
「少年探偵団だって。それはいったい、なんの目的で結成するのかね」
「まず第一の目的は、ぼくたちの級友である牛丸君を一日も早く救いだしたいことです」
「それは警察がやってくれる。君達が手をださないでもいい」
「でも、警察だけにまかせておけないと思うんです。なにしろ、今になっても、警察はすこしも活動をしてないようですからね」
「それは相手が手ごわいから、準備のためにそうとう日がかかるんだろう。君たちがでかけていってもだめさ。相手が強すぎるからね。返《かえ》り討《う》ちになるよ」
 先生は、少年たちが、きっと落ちこむにちがいない悪い運命を思って、その企《くわだて》に反対した。だが、少年たちは、そんなことでは尻《しり》ごみしなかった。春木少年は、言葉をつづける。
「第二の目的は、世界にまれな宝さがしに成功することなんです」
「なんだって。世界にまれな宝さがしとは……」
「先生。牛丸君がかどわかされたことも、実はこの宝さがしに関係があると思うんです。そしてほんとうは、ぼくが連れていかれるはずのところ、賊《ぞく》はまちがって牛丸君を連れていったんだと思うんです」
「君のいっていることは、さっぱりわけが分らない」
「それはこの事件のはじまりからお話しないと、お分りにならないのです。実はこの前、牛丸君とぼくと二人でカンヌキ山へのぼりましてねえ……」と、それから生駒《いこま》の滝《たき》の前で戸倉老人にめぐりあい、黄金《おうごん》メダルの半かけと絹地《きぬじ》にかいた説明書をもらったことから、メダルを失ったことまで、残りなくすべてのことを金谷先生にうちあけた。
 先生はおどろいて、はじめは「ほう」とか「おもしろいね」といっていたのが、終りには腕をくみ、身体をかたくして、「ふん、それからどうした」とか、「それはたいへんだ。で、どうした」とか、さかんに力んでたずねた。
「これが焼け残った絹のハンカチの一部です」
 と、春木少年が金谷先生の手にそれを渡したとき、先生の緊張は頂点《ちょうてん》に達した。
「なるほど。これはほんものだ。えらいことになったものだ」
 先生はそこで頭をひねって、しばらく沈黙したが、やがてあたりへ気をくばり、低い声でいった。
「春木君。先生は昨日、君がとられたという黄金メダルの半ぺららしいものを、海岸通りの横丁の骨董店の飾窓の中に見かけたよ」
「ええッ。先生、それはほんとうですか」
「ほんとうかどうか、とにかく君が今話をした三日月形《みかづきがた》の黄金メダルというのによく似ていた。君の話では、お稲荷《いなり》さんのお堂に住んでいた男が、あの店へ売ったんじゃないかな」
「あッ、それにちがいありません。先生、その店はなんという店ですか。どこにありますか。教えて下さい。これからぼくはすぐいって、取返してきます」
 こんどは春木少年の方が、大昂奮してしまった。
「待ちたまえ、春木君。その店の老主人は昨日何者かのためにピストルで殺されてしまったんだよ。今朝の新聞を見なかったかね」
「ああッ。そうか。すると今朝の新聞にでかでかと大きくでていたチャンフー号主人殺しというのはこの店ですね」
「そうなんだ。だからね、今はその筋で殺害犯人を見つけようと鵜《う》の目|鷹《たか》の目でさがしているから、君なんかうっかりいくと、たちまち捕えられて、容疑者になってしまうよ。そしたら、いつ娑婆《しゃば》へでてこられるか分りゃしない」
 先生がおそれるわけは、もっともであった。しかし春木少年は、警察にこの話をしてもいいと思った。そして店の飾窓にあったその黄金メダルを、自分にかえしてもらうには、早く話をした方が有利だと考えた。
 この考えを話すと、先生は困ってしまった。
(しまった、とうとうまたおしゃべりをしすぎた。さっきあんなに立花先生からいましめられていたのに、それを忘れて又しゃべった。下手をすると、自分は参考人か容疑者《ようぎしゃ》として警察へ引っぱられるかもしれん。これは困ったことになった)先生の悄気かたはひどかった。


   きびしい尋問《じんもん》


「頭目《かしら》。いったいどこへいってたんです。この二日というものは、頭目を探すので、大骨を折りましたぜ。しかも連絡はつかないじまい。骨折り損のくたびれもうけです」
 四馬剣尺《しばけんじゃく》が、どっかと腰をかけた頭目台《とうもくだい》の前へいって、この山塞《さんさい》の番頭格の木戸が、うらみつらみをのべたてた。木戸は、よほど骨を折ったものと見える。
「ふふン」四馬は、かるく笑っただけであった。
「こんどからは、なんとかたしかな連絡の道を用意しておいていただかないと、万一のときにわしは、この山塞を持ち切れませんよ」木戸は久しぶりに腹を立てているらしい。
「大丈夫だ。万一のときは、おれがとびこんでくるから、心配はいらねえ」
「こっちから知らせたいことがあっても、それができないとすれば、結局頭目の大損害じゃないですか」
「すると、なにかおれに知らせたいことがあったんだな。それは何だい」
「わしではないんです。机ドクトルが、何か見つけてきたんです。それが三日前のことで、ドクトルは町へいったんです」
「ふーン。三日前のことか」
 頭目は、ベールの中で、日を逆《さかさ》にかぞえているようであった。
「チャンフー殺しのあった日のことだな」
「そうです。あの日の午後、ドクトルは息せき切ってここへ戻ってきましてな、『頭目はどこにいる』と食いつくようにいうんです。どうしたのかと訊くと、『一刻も争うことだ、頭目の耳に入れたいことがある』という。なんだと聞きかえすと、『黄金メダルの半ぺらが、海岸通りのある店の飾窓に売りにでている』というんです。わしはおどろきましたね」
「それからどうした」頭目は気色ばんで、その先の話をさいそくした。冠《かんむり》の下のベールがゆらゆらと動く。
「それから頭目探しです。みんなをかりたてて、あらゆるところを探しまわりましたね。ところがだめなんです。机ドクトルからは、『まだか、まだか』と、きついさいそく。困りましたね。それで三日間、得《う》るところなしです」
「ばかだなあ。そんなものが見つかれば、なぜすぐに買いにいかないんだ」
「おっと。それはいわないことにしてもらいましょう。この山塞では、四馬剣尺頭目が命令しないことは何一つ行えないきびしいおきてになっているんです。これは頭目、あなたが作ったおきてですよ」
「よし、そんならよし。じゃあ、机博士をここへ呼んでくれ」
「はい」木戸がでていくと、やがて机博士がいれかわって細長い身体をこの部屋にあらわした。彼は木戸とちがって落ちつきはらっていた。頭目の前までいって、卓《たく》をへだてて、四角い椅子に腰を下ろした。
「ご用ですかな」
「今、木戸から聞いたが、三日前に、海岸通りのある店で、黄金メダルの半ぺらを見つけたって」
「偶然に見つけましたよ。さっそく頭目に知らせようと骨を折ったんですが、残念にも、頭目に運がなかったな」
「本物かい」
「さあ、私は本物と鑑定しましたね。それも頭目がこの間まで持っていた半ぺらではなくて、その相手になる半ぺらでしたよ。三日月形をして、骸骨《がいこつ》の顔が横を向いているようでした」
「お前は、それを手にとってみたのか」
「手にとってみましたとも。万一、にせ物では頭目に知らせてお叱りをこうむるばかりだから、掌《てのひら》にのせて比重をあたってみました。たしかに純度の高い黄金でできていることにまちがいなし。そこで値段を聞いたら、三十万円というんです。その因業爺《いんごうじじい》のチャンフーという主人がね」
「三十万?」頭目はちょっとことばをとめたあとで「三十万円にちがいないか」
「ちがいなし。しかしなぜ頭目は、そんなことを聞くんです」
「とほうもない高値だから」
「ふふン」と机博士は、けいべつをこめた笑い方をして、
「しかしこれが例の宝庫へ連れていってくれる案内者なんだから、三十万円はやすいと思うがなあ」
「あの店の商品としては高すぎるんだ、そして君はどうした」
「どうしたもあるもんですか。さっそく山塞へかけ戻
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