じゅうそうしゃ》が始まったので、すぐ柿《かき》の木へかけあがったわけである。
「お前はどこまで剛情《ごうじょう》なんだろう。そんなに拷問されたいのか。それでは」
「待って下さい。ほんとにぼくは、この人を知りませへん。うそやありません。この人に聞いてもろうてもよろしい」
 牛丸少年は重《かさ》ねて同じ主張をした。
 戸倉老人は、さっきから下を向いたままで、目を開かない。牛丸少年の顔を見ようともしないのであった。
 老人の心の中には、今はげしい苦悶《くもん》があった。それは今彼のそばにいる少年が、春木清にちがいないと誤解していたからだ。死にゆく自分を介抱《かいほう》してくれた親切に、あの黄金メダルを少年に贈ったが、それが祟《たた》って、少年はこうして四馬剣尺のために自由を奪われ、ひどい責めにあっていると思えば、老人の胸は苦しさに張りさけんばかりであった。老人は、この気の毒な少年の顔を一目でも見る勇気がなかった。少年に何とあやまってよいか、老人の立ち場はひどく苦しいのであった。
「剛情者《ごうじょうもの》が二人集った」
 と頭目は牛丸や戸倉老人のことをいった。
「よし、それでは、のっぴきならぬ証拠を見せてやろう。おい波、あの写真を持ってきたか」
 すると戸口に立っていた波が、ポケットから数葉《すうよう》の写真をひっぱりだして、頭目のところへ持ってきた。
「ふーむ。これで見ると、あのときお前は現場にいた子供にちがいない。これを見よ」
 頭目は、写真を牛丸に手わたした。
 牛丸は、それを見た。そしてどきんとした。彼が生駒の滝の前まできたとき、ヘリコプターがまい下ってきたので、おどろいて柿の木にのぼった。そのときの彼の姿が、はっきりと撮影されているのであった。写真の中には、彼の顔をいっぱいに引伸してうつしてあるものもあった。それを見ると、これは自分ではないということができないほど、はっきりしていた。
「どうだ。その写真にうつっているのはお前だろう。お前にまちがいなかろう」頭目は、こんどはおそれ入ったかと牛丸少年の面をむさぼるように見つめる。
「これは、ぼくのようです」
 牛丸は、あっさりとそれを認めた。
「しかし、この柿の木にのぼっているのがぼくだとしても、ぼくは誰からも、何ももらいません。ほんとです」
 戸倉老人が、このとき薄目《うすめ》をあいた。そして牛丸少年の顔を、さぐるようにそっと見た。
(おお……)老人の顔に、狼狽《ろうばい》と喜びの色とが同時に走った。
(ああ神よ)老人は口の中で唱《とな》えると、再びがっくりとなって椅子にうなだれ、目を閉じた。老人は、そばにいる少年が、春木清ではないのを知って、いままでのはげしい悩《なや》みから急に解放されたのであった。
 そのとき頭目の、怒りにみちた声がひびいた。
「なんという手際のわるいことだ。調査不充分だぞ。責任者は処罰《しょばつ》される」
 左右をふりかえって、頭目は部下を叱《しか》りつけた。
「この剛情者二人は、当分あそこへ放りこんでおけ」
 そういい捨てて、頭目はうしろの垂《た》れ幕をわけて、その奥に姿を消した。異様な背高のっぽの覆面《ふくめん》巨人だ。牛丸少年は、感心して、頭目のうしろ姿を見送った。
(あの覆面の下に、どんな顔があるのか。早く見てやりたいものだ)
 彼はこわさを忘れて、好奇心をゆりうごかした。


   万国骨董商《ばんこくこっとうしょう》


 ここで話は、春木少年から姉川五郎《あねがわごろう》の手へ渡った半月形の黄金メダルの上に移る。
 今、姉川五郎のことをくわしくのべるにあたるまい。なぜなれば、彼はひどく酔払っていて、どうにもならない。彼の服装は、ぼろぼろ服と別れて、りゅうとした若い海員姿に変っている。よほどたんまり金がはいったと見える。
 彼がお稲荷《いなり》さんの境内《けいだい》の木の根元から掘りだした半かけの金属片《きんぞくへん》は、たしかに黄金製であったのだ。彼はそれを、海岸通《かいがんどお》りからちょっと小路にはった[#「はった」はママ]ところにある万国骨董商チャンフー号に売ったのである。主人のチャン老人は、孔子《こうし》のように長い口ひげあごひげをはやして、トマトのように色つやのよい老人であった。老人は、姉川が持ってきたメダルを二万円で買うといった。姉川はそれを聞くと十万円でないといやだといったが、結局三万五千円でチャン老人は買い取った。
 大金をつかんで、宇頂天《うちょうてん》になって店をでようとする姉川に、うしろから老商チャンは声をかけた。
「こんなにかけないで、丸々満足なのがあったら四割がたええ値で買いまっせ」
 姉川は、ふふんと笑ったまま、店をでていった。
「ふふふふ。まるでただのようなもんや。つぶしても十二万円には売れる。しかし惜しいも
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