した。
 月に照らしだされたところでは、彼の顔は無精《ぶしょう》ひげでおおわれ、頭もばさばさ、身体の上にはたくさん着ていたが、ズボンもジャケツも外套《がいとう》もみんなひどいもので、破れ穴は数えられないほど多いし、ほころびたところはそのままで、ぼろが下っていた。外套にはボタンがないと見え、上から縄でバンドのようにしばりつけてあった。放浪者《ほうろうしゃ》であった。
「さっきから見ていりゃ、あの小僧め、へんなまねをしやがったぜ。いったい、あの木の根元に何を埋めたのか、ちょっくら見てやろう。食えるものなら、さっそくごちそうになるぜ」空腹《くうふく》を感じていると見え、そのひげの男は舌なめずりをして、下へ下りてきた。そしてのっそり、崖の上の椋《むく》の木のところまでいった。
 彼はすぐ埋めてある場所を発見した。そうでもあろう、春木少年が踏みつけていったすぐあとのことだから、気をつけて探せば、すぐ目にとまる。
「ははあ。この石が目印ってわけか」ひげ面男は石をけとばすと、そこへしゃがみ、両手を使って土をかきだした。間もなく彼は目的物をつかんで立ち上った。
「なあんだ、これは……」彼はあてが外れたという顔つきで、紙包を開いて中を見たが、よく正体が分らないので、それを持ったまま、祠の方へひきかえしていった。
 祠の傾《かたむ》いた屋根をくぐり、格子の中へはいると、御神体《ごしんたい》をまつった前に、三|畳敷《じょうじ》きぐらいの板の間があり、そこに破れむしろが敷いてあった。そこがこのひげ面男――姉川五郎《あねがわごろう》の寝室であった。
 彼は、むしろの上にごろんと寝ると、隅っこのところへ手をのばして、ごそごそやっていたが、やがてその手が、船で使う角灯《かくとう》をつかんできた。彼はマッチをすって、それに火をつけた。この場所にはもったいないほどの明かりがついた。その下で、彼は紙包を開いた。
 すると、絹の焼け布片《きれ》がでてきた。彼はそれを無造作《むぞうさ》にひらいた。こんどは黄金メダルがでてきた。ぴかぴか光るので彼はびっくりした。それを掌《てのひら》にのせて、いくども裏表をひっくりかえして、見入った。
 絹の焼け布片の方は、紙と共にこの男の手をはなれ、折から吹きこんできた風のため、ひらひらと遠くへころがっていった。もしもこの光景を戸倉老人や春木少年が見ていたとしたら、おどろいて後をおっかけたことであろう。
「何じゃ、これは」三日月型の黄金メダルは、姉川の掌の上でさんざん宙がえりをやったが、その正体はこのひげ面男に理解されなかったようである。
「ぴかぴかしているが、これは鍍金《メッキ》だよ。それに半分にかけていちゃ、売れやしない。ああ、くたびれもうけか。損をしたよ」
 ひげ面男は、黄金メダルを腹立たしそうにむしろの上に放りだすと、角灯をぱっと吹き消した。そしてごろんと横になった。しばらくすると、大きないびきが聞えてきた。空腹をおさえて、ひげ面先生は睡ってしまったのである。
 それから数時間たって、夜が明けた。
 ひげ面男の姉川五郎は、早起きだった。もっとも朝日が第一番に祠の破れ目から彼の顔にさしこむので、まぶしくて寝ていられなかった。
 彼は、むしろの上に起きあがって、たてつづけて大あくびを三つ四つやって、ぼりぼり身体をかいた。それから何ということなくあたりを見まわした。すると、ぴかりと光ったものが、彼の充血した眼を射た。
「何? ああ、昨夜《ゆうべ》の屑《くず》がねか。おどかしやがる」
 彼はひとりごとをいって手を延《の》ばすと、むしろの上から黄金メダルをひろいあげた。そして朝日の下で、また裏表をいくどもひっくりかえして見た。
「鍍金にしてはできがいいわい。まさか、本ものの金じゃなかろうね。おい屑がねの大将、おどかしっこなしだよ。おれはこう見えても心臓がよわい方だからね」
 彼は黄金メダルを手にして、左右をふりかえった。角灯が目にはいった。それを引きよせ、その角のところで、黄金メダルを傷つけた。メダルは楽に溝《みぞ》がきざみこまれ、下から新しい肌がでてきた。それを姉川五郎は、陽《ひ》にかざして目を大きくむいて見すえた。
「おやおや。中まで金鍍金《きんメッキ》がしてあるぞ。えらくていねいな仕上げだ。……待て、待て。これは、本ものの金かもしれんぞ。そんなら大したものだ。叩き売っても、一カ月ぐらいの飲み料ははいるだろう。善は急げだ。さっそくでかけよう」
 姉川は、黄金メダルをポケットの中へねじこんだ。それから彼は、腰縄をといて、外套をぽんと脱いだ。それから手を天井《てんじょう》の方へ延ばして、天井裏をごそごそやって、そこに隠してあった上衣《うわぎ》をとりだして、それをジャケツの上に着た。それからもう一度天井裏へ手をやると、帽子をだしてきた。そ
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