少年は、今ごろなぜ立花先生が起きたのであろうかとふしぎに思った。先生ではなく、他の人が灯をつけたのかとも思った。しかしそのとき先生の顔が窓ぎわにあらわれた。そしてちょっと外を見てから、急いでカーテンをひいた。それだけのことであったが、タチメン先生にちがいなかった。
「そうだ。タチメン先生に、この黄金メダルを預ってもらおう。先生なら、女だけれど、体操の先生だから強いだろうし、秘密をまもって下さいといえば、承知して下さるだろう。そうすれば、ぼくも黄金メダルも安全になるのだ」
春木は、そう考えついた。
彼は、そのつもりになって、そこをでかけようとしたとき、急に事態がかわった。というのは、川向うの牛丸君の家の前でさわぎが起っているのが見えたからだ。どうやら家の人が外へとびだして、救いをもとめているようであった。家の人たちは、今まで家の中で悪者どもにしばられていて、縄をほどくことができなかったのであろう。
「これは、こうしていられない。ぼくもすぐいって、さっき見たことを家の人に教えてあげなくてはならない」
この方が急を要することだった。春木少年は走りだしたがまたもや戻ってきた。彼は、そこに聳《そび》えている椋《むく》の木の根方を、ありあわせの石のかけらで急いで掘った。
しばらくして、彼が手をとめると、根方には穴が掘れていた。春木少年はポケットをさぐって、黄金メダルと絹《きぬ》ハンカチの燃えのこりをだした。それからそれを鼻紙に包んだ。その包を、穴の中に入れた。それから、土をどんどんかぶせた。そして一番上に弁当箱ほどの丸い石を置き、それからまわりを固く踏みかためた。
「まあ、一時こうしておこう。でないと、牛丸君の家の前までいったとき、もしも悪者が残っていて、ぼくをつかまえでもしたら、大切な宝ものをとられてしまうからなあ」
春木少年は、どこまでも用心ぶかかった。
そうなのである。油断はならないのだ。さっきヘリコプターが牛丸君をつりあげ、そして仲間をひっぱりあげて空へ舞いあがっていったが、あのとき河原に一人だけ残っている者があったではないか。それは誰であるか分らなかったけれど、もちろん悪者の仲間にちがいない。彼はそれからどこへいったか見えなくなってしまったが、いつひょっくり姿を現わすかしれないのだ。あんがい近所の塀のかげにかくれて、牛丸君の家の様子を監視しているのかもしれない。そうだとすると、あそこへ大切な宝ものを持っていくのはやめたがいいのだ――と、春木少年は考えたのである。
黄金メダルは春木少年の身体をはなれたので、彼は身軽《みがる》になった。彼は崖の小道を、すべるようにかけ下り、牛丸君の家の方へ走っていった。
息せき切って、牛丸君の家の前へいってみると、はたしてそのとおりだった。牛丸君のお父さんやお母さんが気が変になったようになってさわいでいた。近所の人々も、だんだん集ってきた。そのうちにエンジンの音がして、警官隊が自動車にのって、のりつけた。
牛丸君のお父さんの話によると、四名の怪漢《かいかん》がはいってきて、ピストルでおどかしたそうである。強盗と同じだ。そして牛丸君をひっとらえると、ちょっと用があるからきてくれ、生命には別条ないから心配いらない、しかしいうことをきかないと痛い目にあうぞ、といって、牛丸君を外へつれだしたという。家の人はピストルでおどしつけられ、縄でぐるぐる巻きにされていたので、牛丸君を助けることができなかったということだ。
それから先のことは、春木少年がお稲荷《いなり》さんの崖の上から月明《つきあ》かりに見ていたとおりだった。
「警察はもっと早くきてくれないと、だめだなあ」
と、近所の人がいった。
「そうだ、そうだ。それに自動車ぐらいもってきたんじゃだめだ。相手は飛行機を使って誘拐するんだから、警察もすぐ飛行機で追っかけないと、いつまでたっても、相手をつかまえることができない」別の人が、そういった。
全くそのとおりであった。しかし警察の方では、そんなにきびきびやれない事情があるようであった。
春木少年は、牛丸君の両親に、お見舞だけをいって、さよならをした。この間のカンヌキ山のぼりのことをいわれるかと思ったが、両親ともそのことについてはなにもいいださなかった。それよりも一刻も早く息子を取りかえしてもらいたいと警察の人にすがることに一生けんめいだったのである。
ひげ面男《づらおとこ》の登場
崖《がけ》の上のお稲荷《いなり》さんでは、春木少年が黄金メダルを埋《うず》めていってしまった後、おかしなことが起った。
それは、お稲荷さんの荒れはてた祠《ほこら》の中から、一人の人物が、のっそりとでてきたのである。
その人物は、まず両手をうんとのばして、
「あッ、あッ、ああーッ」と大あくびを
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