やまないというすごい賊どもだ。
「ぼくなんか、とてもかなわないや。これはおとなしく黄金メダルを渡した方が安全だよ」
春木少年は、抵抗することの愚《おろ》かさをさとった。だが、くやしい。
「……待てよ。戸倉老人は、生命にかけて、黄金メダルを賊どもに渡すまいと、がんばったのだ。それをぼくがゆずり渡されたんだから、ぼくも生命にかけて、これを守るのがほんとうじゃないか」
少年の気が、かわってきた。すると恐怖がすうーッとうすれていった。
「よし。逃げられるだけ逃げてやれ」
春木は考え直した。そしていったんしまった黄金メダルと絹のきれとを再びとりだし、すばやくズボンのポケットにねじこむと、裏口からそっと外へでた。
ヘリコプターは、いよいよ近くに迫っていた。
信号灯《しんごうとう》か標識灯《ひょうしきとう》かしらないが、色電灯《いろでんとう》がついているのが見える。
春木は、首をちぢめて、塀《へい》のかげにとびこんだ。二十日あまりの月明《つきあ》かりであった。姿を見られやすいから、行動は楽でない。
彼はヘリコプターから見つけられないようにと、塀づたいに夜の町をぬって、山手へ逃げた。
二百メートルばかりいくと、そこから向こうは急に高く崖《がけ》になっていた。崖の上には稲荷神社《いなりじんじゃ》の祠があった。このごろのこととて屋根はやぶれ軒は傾き、誰も番をしていない祠だった。春木は、その石段をのぼることをわざとさけ、横の方についている草にうずもれた急な小道をのぼっていった。もちろん姿を見られないためだった。
崖の上にのぼりついて、彼はほっとした。ここなら、まず、大丈夫である。
というのは、ここは山の裾《すそ》で、ひどい傾斜《けいしゃ》になっている。稲荷神社のまわりには、古い大きい木がぎっしりとり囲んでいて、枝がはりだして隙間《すきま》のないほどだ。それに境内《けいだい》もごくせまい。ここなら、ヘリコプターが下りてこようとしても、翼《つばさ》が山の木にさわって、とてもうまくいかないであろう。春木は、そういう推理にもとづいて、崖の上のお稲荷さんへかけあがったのである。
おそろしき事件
おそろしい事件が、この時には既《すで》に、あらまし終っていたのだ。
今、その最後の仕上げが行われつつあった。
さて、それはどういう事件であったろうか。
ヘリコプターがだんだんこっちへ近づいてくるので、春木は不安になった。ヘリコプターは、このままの方向で飛びつづけると、お稲荷《いなり》さんのうしろの山に、ぶつかるにちがいなかった。春木は、自分がここにいることを、やっぱりヘリコプターに見つけられたかと思ったくらいだ。
ところがヘリコプターは、お稲荷さんの方までは飛んでこなかった。その途中にある河原《かわら》の上と思うあたりで、得意の空中足ぶみをはじめたのである。
その河原は、春木のいるところからは右手に見えていたが、その川は芝原水源地《しばはらすいげんち》のあまり水が流れていて、末《すえ》は湊川《みなとがわ》にはいるのだ。
「何をするつもりかなあ」
と春木は、こわごわ崖の上の木立のかげからのびあがってその方を注意していた。
すると、河原の向う岸に、四五人の人影が固まって歩いているのに気がついた。彼らは上流の方へ向って歩いている。が、とつぜん彼らはひっかえした。影が長くなった。その先頭に、小さい影が一つ走っていた。
その小さい影は、ある一軒の家の石段にあがりかけた。とあとの群が、その小さな影の上に重《かさ》なった。
人影の群は、ふたたび前のように、岸の上を上流に向って歩きだした。彼らは固まっていた。
そして小さい影は、彼らの頭の上にかつがれているらしかった。
春木は、このとき、どきんとした。
「あ、あの家は牛丸君の家だ。……すると、もしや。あの小さい人影は、牛丸君ではなかったか」
はっきりした理由は分らないけれど、牛丸君も自分も、この間からヘリコプターの賊と因縁《いんねん》がついて、なんだかいつも睨《にら》まれているような気がしてならなかった。
だから春木は、すぐ牛丸君が誘拐《ゆうかい》されていると、かんづいたわけである。そしてそれはほんとうに正しい観察であった。
牛丸少年をかつぎあげた怪漢《かいかん》の一同は、それから間もなく白い河原の中へ下りていった。そこには、おあつらえ向きにヘリコプターが上に待っていて、綱《つな》だか縄梯子《なわばしご》だかを下ろしてあった。
彼らが、その梯子にとりついて、だんだん上へひきあげられていくのが見えた。ただひとり河原に残っていた人影があったが、それは大きな人影であって、牛丸君ではなかったようである。このとき牛丸君は、あの戸倉老人のときと同じように、綱にくくりつけられ、ヘリコ
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