どんどん、どんどんどん。かあちかち、かちかちッ。
 にぎやかに山を登っていった一行は、生駒の滝の前に焚火があるのを発見し、それに力を得て近づいてみると、当の春木君が火のそばで、いい気持にぐうぐう睡っているのを見出し、やれやれよかったと、胸をなで下ろした。
 二人は、もう一度叱られ直して、山を下り、無事にめいめいの家へはいった。
 その翌日になると、二人のことは町内にすっかり知れわたり、学校からは受持の先生が見えるというさわぎにまでなって、ふだんはのんき坊主の二人もすっかりちぢこまってしまった。
 生駒の滝事件のことは、二人の口からもれたので、遂には警察署にまで伝わり、その活動となった。二少年も証人として現場へ同行した。
 機銃弾は発見されたが、血だまりは雨に洗われたためか、はっきりしなかった。
 ヘリコプターがとんできて、空中|吊上《つりあ》げの放《はな》れ業《わざ》をやったことは、牛丸少年の話だけで、それを証明するものがなかった。この次に、そういうものが飛んでいるのを見たら、気をつけることに申合わせができただけだ。
 春木少年は、戸倉老人からゆずられた黄金メダルなどのことについては、遂にいわなかった。彼は、そのことについて牛丸に話すこともしなかった。彼は、このことについてゆっくりと、自分でできるだけの研究をしてみたいと思った。その上で、話した方がいい。時がきたら、牛丸にも話をするつもりだった。
 なにしろ瀕死《ひんし》の戸倉老人が彼に残していったことばによると、黄金メダルの件は、非常な機密であって、うっかりこれに関係していることを洩《も》らしたが最後、思いがけないひどい目にあうにちがいないと思われた。現に、あの好人物《こうじんぶつ》の老人がむごたらしく瀕死の重傷を負っていたこと、それにつづいて牛丸君が見たとおり、老人がヘリコプターで誘拐《ゆうかい》されたそのものものしさから考えて、これはうっかり口にだせないと、春木少年を警戒させたのだ。
 だが、春木少年は、その謎を秘めた宝の鍵・黄金メダルの片われと、小文字でうずめられた絹《きぬ》ハンカチの焼けのこりを、いつまでも厳封《げんぷう》して机のひきだしの奥に収《しま》っておくことはできなかった。それは三日目の夜に入ってのことであったが、春木君は自分の勉強部屋にはいって、ぴったり扉をしめて錠をかけ窓にはカーテンを引き、それから例の二つの宝の鍵の入った包を取出して、机上《きじょう》のスタンドのあかりの下に開いてみた。ぴかぴか光る三日月形《みかづきがた》の黄金片と、焼けこげのある絹ハンカチの一部とは、共に無事であった。
「ああ、ちゃんとしていた」
 と、春木少年は自分の胸をおさえた。
「ふふふふ。ぼくは、この間の事件から、いやに神経質になったようだぞ。こんなものは、何んでもないんだ。おもちゃみたいなものだ。あの戸倉とかいった老人は、気が変になっていたんじゃないかなあ」彼は、今までと反対の心になって、二つの宝の鍵をばかばかしく眺めた。
「だが、これはほんとの金かな」
 彼は、黄金メダルを手にとって撫《な》でてみた。なかなか美しい。そして重い。やっぱり黄金《きん》のように見える。黄金なら、これだけ売っても大した金になる。
(いっそ、売ってしまってやろうか。売ってしまえば、めんどうなことはなくなる。それがいい、そのうち貴金属商《ききんぞくしょう》に、そっと見せて、値段がよければ売ってしまってやれ)
 そんなことを考えていたとき、夜の静けさをついて空の一角から、ぶーンとにぶい唸《うなり》が聞えてきた。
 春木は、はっと目をかがやかした。
「飛行機が飛んでいる。まさかこの間のヘリコプターではないだろうが……」耳をすましていると、どうもふつうの飛行機の音とはちがう。
「あッ、ヘリコプターだ。いけないぞ」
 彼は、机上のスタンドのスイッチをひねって、室内をまっくらにした。そして手さぐりで、二つの宝の鍵を包んで、元のようにひきだしの奥へおしこんだ。
 ヘリコプターの音は、だんだんこっちへ近づいてくるようだ。春木少年は、急に恐怖におそわれ、がたがたとふるえだした。
「分った。ぼくの黄金メダルを奪いにきたんだ。それにちがいない」春木少年は、そう思った。
 たいへんである。彼は生駒の滝の前で、あの黄金メダルを死守《ししゅ》した戸倉老人が、賊のためどんなにひどい目にあったかを思いだした。それからとつぜん滝の前へおりてきたヘリコプターが、倒れている戸倉老人に対して猛烈な機関銃射撃をやったあげくに、老人を吊りあげて飛び去ったことを思いだした。これは牛丸君から聞いたことだが、おそらくほんとうであろう。
 どこまでも手荒《てあら》い賊どものやり方だ。最新式の乗り物や殺人の器械を自由に使いこなして、必ず目的を達しないでは
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