んだ」
 頭目は、怒ったような声でいって、手をX線装置からだすと、義眼を卓上においた。
 がーンと、大きな音がして、義眼が金槌で叩きつぶされた。頭目が、かんしゃくをおこして、やっつけたのである。X線装置が検出した結果を信じなかったのだ。破片があたりにとび散った。まわりにいた者は、あッと叫んで、口をおさえた。
 が、その結果は、義眼の中には、なにも隠されていないということが分っただけである。
「ううーむ」と、頭目は呻《うな》った。
 しばらく誰も黙っていた。嵐の前のしずけさだ。
 と、とつぜん頭目が肩をいからして吠《ほ》え立てた。
「やい、戸倉。どこへ隠したのか、黄金メダルの片割《かたわ》れを!」
「わしは知らぬ。いや、たとえ知っておったとしても、お前のようならんぼう者には死んでも話さぬ」
 戸倉老人は、のこる一眼を大きくむいて、四馬をにらみつけた。
「わしが知りたいと思ったことは、かならず知ってみせる。そうか。きさまの義眼というのは、もう一方の眼なんだな」
 というと、頭目は、又もや戸倉にとびかかった。そして彼の指は戸倉の左の眼を襲った。


   猫女《ねこおんな》


「あ、あぶない。待った」
 叫んだのは机博士だ。あぶないと、大きな声。そしてやにわに、頭目の手首をつかんで引きとめた。
「なぜ、とめる?」
「お待ちなさい。戸倉の残る一眼は義眼ではないです。ほんものの眼ですよ。抜き取ろうたって、取れるものですか。やれば、器量をさげるだけですよ。頭目、あんたが器量を下げるのですよ」
 そういわれても、頭目は戸倉老人の頭髪をつかまえて、放そうとはしなかった。
「頭目、よく見てごらんなさい。ほんものの眼だということは、目玉をよく見れば分りますよ。瞳孔《どうこう》も動くし、血管《けっかん》も走っている」
 そういって机は、携帯電灯を戸倉の眼の近くへさしつけた。
 頭目は、戸倉の眼の近くへ顔を持っていった。そしてよく見た。なんどもよく見た。どうやら、こっちは、ほんものの目玉らしい。
 そのときだった。頭目の注意力が、急に戸倉の目玉から放れた。彼は、自分の顔へ、下の方から光があたっているように思ったのである。そのとおりだった。机博士が手にもっている携帯電灯の光の一部が、偶然か、それとも故意か、頭目の顔を蔽《おお》う三重の紗《しゃ》のきれの下からはいってきて、彼の顔を下から照しているのである。
(あッ)
「無礼者《ぶれいもの》!」と頭目が叫ぶのと、机博士の手から携帯電灯が叩《たた》きおとされるのと、同時であった。
 博士は、手をおさえて、うしろへ身をひいた。彼の手から血がぽたりと床に落ちた。
「やあ君の手だったか。それは気がつかなかった。がまんしてくれたまえ」
 頭目が、すぐ遺憾《いかん》の意をあらわしたので、一度に殺気立《さっきだ》ったこの場の空気が、急にやわらいだ。
「おい戸倉。きさまが、しぶといから、こんな悶着《もんちゃく》が起る。早く隠し場所をいってしまえ。この黄金《おうごん》メダルの半分の方はどこに隠して持っている」
 頭目は、どこかにしまっていた黄金メダルの半分を再び左の指でつまんで、戸倉の方へさしつけた。戸倉は、頭目をにらみつけたまま、口を一文字《いちもんじ》につぐんでいる。
「早くいうんだ。早くいえ」そのときだった。
 とつぜん、この部屋のあかりが、一度に消え失せた。鼻をつままれても分らないほどの闇が、一同を包んだ。
 あッと叫ぼうとした折《おり》しも、
「動くと、撃つよ。動くな。あかりをつけると撃つよ。あかりをつけるな」
 と、かん高い女の声が、部屋の一隅から聞えた。
 女は、この部屋にはいなかったはず。みんなはふしぎに思った。女の声は、一同が集っているところの反対側で、頭目の立っていた後方のようである。
「何者だ。名をなのれ」頭目の声が闇の中をつらぬいた。
「よけいな口をきくな。わたしゃ暗闇の中で目がみえるんだから、撃とうと思えば、お前さんの心臓のま上だって、撃ちぬいてみせるよ。わたしゃ――」
 と女が、えらそうなことをいっているとき、部下が固まっているところで、誰かが携帯電灯をぱっとつけた。
 と、間髪《かんぱつ》をいれず、轟然《ごうぜん》と銃声一発。
 携帯電灯は粉微塵《こなみじん》になってとび散った。
「うーむ」どたりと人の倒れる音。
「誰でも、このとおりだよ。わたしのいうことをきかなければ……」
 たしかに、彼女がやった早業《はやわざ》にちがいない。それにしてもその怪しき女は、どこから、この部屋にしのびよったものか。ふしぎというより外ない。電灯が消えると同時に女の声がしたようである。それまでは、煌々《こうこう》と明かるかったこの部屋だ。その状況のもとで、どうしてこの部屋へ忍びこめるだろうか。まるで見えないガラス
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