ようにつぎからつぎへと毒針《どくばり》がとびだしてくる。机博士はみるみるうちに、全身《ぜんしん》針鼠《はりねずみ》のようになって、床のうえに倒れ、しばらく七転八倒《しちてんばっとう》していたが、やがて、ピッタリ動かなくなった。
 これが悪魔のような机博士の最期《さいご》だったのだ。
 小男はヒヒヒヒと咽喉《のど》の奥でわらうと、
「どうだ、木戸、仙場甲二郎、おれの腕前はわかったか。おれを裏切ろうとするものはすべてこのとおりだ。どうだわかったか」
「シュ、シュ、首領……」
 木戸と仙場甲二郎は、あまりの恐ろしさにガタガタふるえながら、
「あっしは何も首領を裏切ろうなどと……」
「そうか、おれが小男とわかってもか。ふふふ、なるほど、おれは小男だが、ここにいる娘は恐ろしいやつよ。こいつはな、暗闇《くらやみ》でも眼が見えるのだ、そして、男より力が強く、人を殺すことなど、屁《へ》とも思っていないのだ」
「お父さん、何をぐずぐずいってるのよ。それより早く、鰐魚《がくぎょ》をのけて、二つの穴に黄金メダルを入れなさいよ」
 ああ、恐るべき立花カツミ。彼女は机博士が針鼠のようになって死ぬのを見ても、平然として眉《まゆ》ひとつ動かさなかったのだ。
「よし、よし、おい、木戸、仙場甲二郎、その壇《だん》のうえにある鰐魚を二つとものけてみろ。ああ、のけたか、のけたらそこに、穴が二つあるはずだが、どうだ」
「はい、首領《かしら》、ございます、ございます」
「ふむ、あるか、それではな、このメダルをひとつずつ入れてみろ。右の穴には右の半ペラ、左の穴には左の半ペラ……入れたか、よし、それじゃアな。おれが号令《ごうれい》をかけるから、それといっしょにぐっと押してみるんだぞ、一イ……二イ……三!」
 そのとたん、轟然《ごうぜん》たる音響《おんきょう》が、ヘクザ館の塔をつらぬいて、暗い夜空につっ走った。カーテンのかげにかくれていた一行七人は、一瞬《いっしゅん》、足下が水にうかぶ木の葉のようにゆれるのをかんじたが、つぎの瞬間、こわごわカーテンのかげから顔をだしてみると、こはそもいかに、木戸も仙場甲二郎も、小男も猫女も立花カツミ先生も、さてまた、針鼠のようになって死んだ机博士も、みんなみんな影も形もなくなっているではないか。春木少年はちょっとの間、狐《きつね》につままれたような顔をしていたが、やがてこわごわカーテンから外へでると、
「ああ、みんなきて下さい。あれあれ、あんなところに……」
 その声に、一同がバラバラとカーテンの影からとびだしてみると、聖壇《せいだん》のまえ方六メートルばかり、ぽっかりと床に大きな穴があいていて、そのなかを覗《のぞ》いてみると、数十メートルのはるか下に、黒ずんだ水がはげしく渦《うず》をまいていた。そして、その渦にまきこまれ、小男も、立花カツミ先生も、机博士も、木戸、仙場甲二郎も、みるみるうちに水底ふかく沈んでいったのである。
「おとし穴ですね」
「ふむ、おとし穴だ」秋吉警部は顔の汗をぬぐいながら、
「しかし、どうしてあんなことになったのでしょう。黄金メダルに書いてあることは、それでは、ひとをおとし入れるための、嘘《うそ》だったのでしょうか」
 戸倉老人はそれには答えず、聖壇の左の穴にはめこまれた黄金メダルの半ペラを取りだして、裏面《りめん》に彫《ほ》られた文字を読んでいたが、やがてにっこり笑うと、
「わかりました、かれらはこの贋物《にせもの》の半ペラにかかれた文句にだまされたのです。わしの持っている本物にはね、二つの半ペラを穴のなかに入れると、それより(壁際《かべがわ》に身を避《さ》け)ふたつのメダルを、(長き竿《さお》にて押すべし)と、なっているのです。ところがこの贋物では、それよりただちにふたつのメダルを(強く押すべし)となっています。そのために、海賊王《かいぞくおう》デルマが万一の場合の用意につくっておいた、罠《わな》のなかにおちたのです」
 ああ、それというのも自業自得《じごうじとく》だったろう。
 それはさておき、一同がおとし穴に気をとられているとき、キョロキョロとあたりを見廻《みまわ》していた牛丸平太郎が、突然《とつぜん》、
「あっ」と、素《す》っ頓狂《とんきょう》な声をあげた。
「あれを見い、みんな、あれを見い、えらい宝や、宝の山が吹きこぼれてるがな」
 その声に、弾《はじ》かれたようにふりかえった一同の眼にうつったのは、十字架のかかった翕《きゅう》が真二つにわれて、そこからザクザクと聖壇のうえに吹きこぼれてくる、古代金貨に宝玉《ほうぎょく》の類……ヘクザ館の塔なる聖壇のうえには、みるみるうちに七色の宝の山がきずかれていったのである。……

 四馬剣尺を頭目とする、悪人一味はすべて滅んだ。唯一人、ヘリコプターに乗った波立二のみ
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