ります。なにも裸にしなくたって……」
狼狽《ろうばい》して、しどろもどろになる机博士を、四馬剣尺は三重のヴェールのしたから、ひややかにながめていたが、やがて、せせら笑うようにいった。
「机博士、面白い話をきかせてやろうか」
「面白い話……?」
「そうだ。とても面白い話だ。おまえが聞くと、喜ぶと思うんだ。ほら、骨董商《こっとうしょう》のチャンフーが殺された日のことよ。おまえが黄金メダルの半分を見つけて、まんまと両面の撮影に成功して、ひきあげてからのことだ。間もなく顔に、恐ろしい刀傷《かたなきず》のある、スペイン人か日本人かわからぬような、外国の船員服をきた男が、骨董店へやってきたのだ。そして、そいつがいくらで買ったのかしらんが、黄金メダルの半分を買ってでていったんだ。ところが、すぐそのあとへまた、あのメダルを買いにきたものがあったんだ。かりにこの人物をXとしておこう。Xは骨董商のチャンフーからいまでていった、船員風の男が、ひとあしちがいで、黄金メダルを買っていったということを聞くと、急いで、そのあとをつけていったんだ。どうだ、机博士、面白い話じゃないか」
机博士はおびえたように眼をみはって、きっと首領の三重ヴェールを見つめている。額にはビッショリと汗。
「ところが、スペイン人か日本人かわからぬような、顔に大きな傷のあるその男は、間もなく、海岸通《かいがんどお》りのホテルへ入っていった。Xもすぐそのあとからつけて入った。船員風の男は二階の隅《すみ》のとある一室へ入っていった。Xは廊下のすみから、その部屋を見張っていたが、すると、ものの十五分もたたぬうちに、その部屋からでてきた男がある。おい、机博士、それが誰だったか知っているか」
机博士は、椅子の両腕を、くだけるばかりに握りしめている。からだがガクガクふるえて、眼玉がいまにもとびだしそうだ。首領はヴェールの奥でせせらわらって、
「あっはっは、その顔色じゃ知っていると見えるな。そうだ、その男というのは机博士、おまえだったのだ。しかも、おまえがでていったあとで、Xが部屋をのぞいてみると、そこには誰もいなかった。つまり、顔に大きな刀傷のある男とは、机博士、おまえだ、おまえだったのだ。おまえは黄金メダルの半ペラを見つけた。しかし、おまえのその姿で買いとれば、いずれ、チャンフーの口からそれがわかるにちがいない。そう考えたおまえは、外国の船員に変装して、黄金メダルを買ったのだ。顔の大きな刀傷は、できるだけ、素顔《すがお》をかえるために、絵具《えのぐ》でかいた贋物《にせもの》だったんだ。どうだ机博士、面白い話じゃないか」
首領《かしら》四馬剣尺は、大きな腹をゆすってわらった。机博士は、まるでおいつめられた野獣《やじゅう》のような顔をして、三重ヴェールを見つめていたがやがてキーキー声をふりしぼって叫んだ。
「わかった、わかった、わかったぞ」
細い指を、首領の鼻さきにつきつけると、
「問うに落ちず、語るに落ちるとはこのことだ。チャンフーを殺したのはXだ。そして、Xとは首領、おまえのことなのだ」首領はしかし、せせらわらって、
「バカをいえ。おれがこの大きな図体で、町を歩いていたらどんなに人眼をひくことか……聞いてみろ、チャンフーの店は、野中《のなか》の一軒家じゃあるまいし、隣もあれば、近所の眼もある。横綱《よこづな》のような大男が、あの日、チャンフーの店の近所をあるいていたかどうか、誰にでもきいてみろ」
自信にみちた首領のことばに、机博士はいっぺんにペシャンコになった。
「それ、木戸、波立二、なにをぐずぐずしている。そいつを早く、裸にしないか」
言下《げんか》に、木戸と波立二が、机博士をとりおさえた。そして水ガモのように細いからだで、キーキー声をあげて抵抗する机博士を、またたくうちに素っ裸にした。
博士は猿股《さるまた》ひとつになって、コンニャクのようにブルブルふるえている。そのからだを、三重ヴェールのおくから、きっと見つめていた四馬剣尺は、ふいに、椅子の腕をたたいてわらった。
「あっはっは、さすがは机博士だ。人間金庫とは考えたな。おい、左の肩にあるその傷口はどうしたのだ」
机博士はあっと叫んで左の肩をおさえた。しかし、それはおそかった。左の肩に、少し盛りあがった傷口は、まだ新しくて、生々しかった。
四馬剣尺はギラリと、青竜刀《せいりゅうとう》をぬき放つと、
「机博士、おまえはわざと左の肩に傷をつけ、そのなかに黄金メダルの半ペラをおしこみ、そのうえを縫合《ぬいあわ》したのだろう。いま、おれが、その金庫をひらいてやろう」
四馬剣尺は、青竜刀をひっさげて、ゆらりと椅子から乗出したが、そのときだった。あわただしい足音がちかづいてきたかと思うと、
「首領、たいへんです。たいへんです。警官
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