しろで聞えたじゃないか。それまで皎々《こうこう》と電気がついていたんだ。いったい、どこからいつの間に首領《かしら》の椅子のうしろまで、忍びこんできたんだ。それ、即ち忍術をつかう証拠だ」
「いやですぜ、先生、変なことはいいっこなしに願いましょう」
「いや、変なことではない。いずれにしてもあんな妙なやつが、ひょこひょこ出入りをするようじゃ、この六天山塞《ろくてんさんさい》もさきが知れているな」
 仔細《しさい》らしく首をひねる机博士の顔色に、さすがの荒くれ男たちも顔見合せた。相手の性《しょう》がわかっておれば、たとえ鬼《おに》でも蛇《じゃ》でも、おそれをなすような連中ではないが、闇のなかから声ばかり、姿も形もわからないとあっては、浮足立《うきあしだ》つのも無理ではなかった。
 ひょっとするとそこらの闇にひそんでいて、猫のように眼をひからせているのではないかと思うと、襟元《えりもと》から、冷たい水をブッかけられるような気持ちだった。
 口では元気なことをいってるものの、さすがに、あのような、いのちの宙吊りをやらされた机博士、その日は一日ゲッソリ参って、自分の部屋で休んでいたが、さて、その晩のことである。仙場や波立二たちと話をしていると、そこへ木戸《きど》という男がいそぎ足でとびだしてきた。
「おい、おまえたちは何をぐずぐずしているのだ。首領がお待ちかねだ。早く机博士をつれてこんか」
 木戸は一同を叱りつけておいて、机博士にちかづいた。
「先生、あんた首領になにをしたんです。首領はカンカンにおこってますぜ」
 首領――と、きくと、机博士の顔色はさっと鉛色《なまりいろ》になった。
「いやあ……別に……ちょ、ちょっと悪戯《いたずら》をしてみただけさ」
「なんだか知りませんが、首領をおこらせることが、どんなことだか、おまえさんもよく御存じのはずだ。いずれ、ただではすみませんぜ。さあ、おいでなさい。おい、みんな、机博士をにがすな」木戸の言葉に一同は、バラバラと机博士をとりかこんだ。こうなったら、袋のなかの鼠《ねずみ》も同然、机博士は急にガタガタふるえだした。首領のおそろしさは、知りすぎるほど知っている机博士なのだ。
「さあ、先生、それじゃお気の毒でも、いっしょにきてもらいましょうか」屠所《としょ》にひかれる羊《ひつじ》とは、このときの机博士のようなのをいうのであろう。よろよろと、足下《あしもと》もさだまらぬ机博士を、荒くれ男が左右から、ひったてるようにして、やってきたのは首領《かしら》の待っている特別室。
 首領の四馬剣尺《しばけんじゃく》は、あいかわらず竜《りゅう》の彫物《ほりもの》のある、大きな椅子に坐っていた。身のたけ六尺にちかく、ビール樽《だる》のように肥《ふと》ったからだは横綱《よこづな》もはだしで逃げだしそうな体格だ。顔は例によって、三重のヴェールによってつつまれているが、そのヴェールがブルブルとふるえているところを見ても、いかに首領がおこっているかわかるだろう。
 土色になって、コンニャクのようにブルブルふるえている机博士は、首領のまえの椅子にひきすえられた。
「机博士」首領四馬剣尺の声は、つめたく、落着きはらっていた。これは首領のいかりが、いかに大きいかという証拠なのだ。四馬剣尺はいかりが大きければ大きいほど、つめたく落着きはらうのである。
「おまえは昨夜、このわたしにどのような無礼をはたらいたか、よくおぼえていような」
「首領、お許しを……」
「黙れ!」
 首領は大喝《だいかつ》した。からだがいかりでブルブルふるえた。
「獅子身中《しししんちゅう》の虫とは、机博士、おまえのことだ、おまえは盗人《ぬすびと》のようにわたしの部屋へしのびこんだ。しかし、それは許してやろう。いかにおまえがコソコソと、机や戸棚をひっかきまわしたところで、秘密をうばわれるようなわしではない。だが……」
 と、首領はギリギリと歯ぎしりをして、
「どうしても、許しがたいのは、それからあとのお前の所業《しわざ》だ。おまえはエックス線で、わたしの正体《しょうたい》を知ろうとした。この神聖なわたしの正体を!」
 首領はわれがねのような声を張りあげて、両手をふりあげ長い袖のなかで、拳《こぶし》をブルブルふるわせた。土色になった机博士の顔には、ビッショリと汗がうかんでいる。
「さあ、いえ、おまえは何を見たのだ。エックス線で透視して、おまえはいったい、どのようなものを見たのだ」
「首領、ごめんを……そればかりはごめんください」
「ならぬ、いえ! みんなのまえでいってみろ。おれの正体がどのようなものであったかいってみろ!」
 首領の声が、広い部屋にとどろきわたって、山彦《やまびこ》のように反響した。
「首領《かしら》……それでは、いってもかまいませんか、みんなのまえで…
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