かの人物であると思っていたので、その予想は、エックス線を首領にあびせた結果、すっかり思いちがいであることが証明された。
(だが、どうもまだ、ふにおちないところがある。いつぞや、ひそかに懐中電灯《かいちゅうでんとう》を首領の顔の下に近づけて、覆面《ふくめん》ベールの中にある顔をちらっと見たことがあったが、あのときの首領の顔は、目鼻立のよくととのったりっぱな顔であった。女にも見まがうほど美しい顔であったが……)
 と、机博士の頭の中には、答がわり切れないで、ぐるぐる渦《うず》をまいていた。さっき、エックス線で首領の顔をてらしつけ、首領があっとひるむところを、すばやく前へとびだしてあのベールをかかげて、首領がどんな素顔をしているか、それをたしかめればよかったのだ。だがそれをしなかった。不覚《ふかく》のいたりだ。もっとも、そんなことをすれば、首領は一撃のもとに自分を毒針《どくばり》でさし殺したかもしれない。これだけのことを考えるのに、永くかかったわけではなく、危険の下に首をちぢめている机博士の頭の中を、電光のように走った思いであった。
 がらがらッと、またもや器物がなげつけられ、机博士の頭の上に降ってくる。そして首領のあらあらしい息づかいが、だんだん近くによってくる。
(あぶない。このままでは殺される。どうかして逃げだしたい。穴倉《あなぐら》へつづくあの下り口まで、うまくたどりつけるだろうか。下り口の戸を開くまで、死なないでいるかしらん)
 博士が思いだしたのは、この部屋の東よりの隅《すみ》に、地下の穴倉へつづく下り口があることだった。これは博士が、他の者に見せたくない器械や材料などをかくしておくために作った秘密の物置であって、この山塞では彼以外に知る者はなかった。その穴倉の中には、さらに、抜け道があって、それをくぐっていくと、山塞の外へでられるのだ。もっともそこは、けわしい崖《がけ》の上にあって、そこから街道へ下りるには、特別の道具がないとだめであった。そのかわりに、このけわしい崖の上に開いた抜け道は、他の者の目につくような心配は、まずないものと思われ、机博士は十分自信を持っていたのであった。その抜け道のコースへ、とびこみたい。下り口のところまで、無事にゆきつくかどうか。
(やっつけろ)
 もうこうなれば、運を天にまかせる外ないと、机博士は決心をかためた。二カ所や三カ所に傷をこしらえるのは覚悟の上で、博士はくらがりを手さぐりで、横にはっていった。
 なんでも、やってみることだ。荒れる首領の攻撃は、机博士の身体の移動のあとを追っかけてはこなかった。やっぱり、元のところに博士がかくれていると思い、がらがらッどすンどすンと、しきりに重いものがなげつけられていた。だから机博士は、反《かえ》って危険を抜けることができ、うれしさに胸をおどらせながら、下り口のところにはまっている揚《あ》げ戸《ど》をひきあけることができた。
 すこしは音がした。しかし室内はどんがらどんがらやっている最中であったから、すこしぐらいの音は相手に聞えそうもなかった。博士は、してやったりと、揚げ戸の下へ身体をもぐらせた。足の先に、階段がさわった。もう成功である。彼は、すっかり中へはいった。そして、揚げ戸を静かに閉めた。誰も追い迫ってくる様子はなかった。博士は、ほっと安心の一息をついた。
 ここまでくれば、虐殺者《ぎゃくさつしゃ》の手をのがれたようなものだ、と机博士は思った。彼は手と足で階段をさぐりながら下りていった。階段を下り切った。そこに厚いカーテンが二重に張ってあった。その向こうが物置の相当広い部屋になっているのである。博士はカーテンをおして中へはいった。中は、まっくらだった。
「おやッ。今日は電池灯《でんちとう》が消えている」
 そこには、いつもは電池灯がついていて、室内を照らしていた。これは停電に関係なく、いつでもついている電灯であった。それが今日は、運わるく消えている。どこか故障をおこしたのであろうか。そう思いながら、机博士は、鼻をつままれても分らない闇の中を、手さぐりで足をひきずりながら五六歩もすすんだであろうか、そのとき大きなおどろきが、彼を待ちうけていた。とつぜん彼の両《りょう》の手首が、何者かによって、ぐっとにぎられたのであった。
「ほほほ、待っていたよ、博士さん」
 闇の中に、たしかに女にちがいない声であった。何者?

   おお、猫女《ねこおんな》

「誰だ、君は!」博士は度肝《どぎも》をぬかれて、かすれた声で、やっとこの短いことばを相手にぶっつけた。
「あたしかね。あたしは『猫女』さ。どうぞよろしく」
「えッ、猫女……」机博士のおどろきは、五倍になった。
「猫女が、なぜこんなところに――」
「大きな声をおだしでないよ。上では、あのとおり大ぜいさんが
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