は便器であった。
 牛丸少年は、この部屋に永いこと、とめておかれた。ここでは、時刻がさっぱり分らなかったけれど、牢番《ろうばん》らしい男がきて、鉄格子の窓から、食事をさしいれていったので、朝がきたらしいことをさとった。
 牢番は、五十歳ぐらいのじゃがいものように、でくでく太ったおじさんだった。牛丸が話しかけても、牢番男は首を左右にふるだけで、返事をしなかった。
 昼飯《ひるめし》を持ってきたときに、牛丸はまた話しかけた。牢番は同じように首を左右にふり、指で自分の耳と口とをさして、
(わしは、耳がきこえないし、口もきけないよ)
 と、知らせた。夕飯《ゆうはん》のとき、牛丸が話しかけようとすると、牢番は、こわい目でにらんだ。そして不安な目付で左右をふりかえった。そしてもう一度こわい目をし、大口をあいて、牛丸少年をおどかした。
 牛丸は、がっかりした。すべての望《のぞ》みを失い、ベッドにうっ伏して、わあわあ泣いた。だが、誰もそれを慰《なぐさ》めにきてくれる者はなかった。
 疲れ切っていたと見え、その姿勢のまま、牛丸はねむってしまったらしい。
「起きろ。こら、起きろ、子供」
 あらあらしい声に、牛丸はやっと目がさめた。
「さあ起きろ。頭目《かしら》のお呼びだ。おとなしくついてくるんだぞ」若い男が、そういって、牛丸の手首にがちゃりと手錠をはめた。牛丸は引立てられて、監房《かんぼう》をでた。
 前後左右をまもられて、牛丸少年は通路を永く歩かせられ、それからエレベーターに乗せられて上の方へのぼっていった。その道中に彼はたえずあたりに気を配ったが、それはなかなかりっぱな建物に見えた。彼はここがカンヌキ山のずっと奥深い山ぶところにかくされたる六天山塞《ろくてんさんさい》の地下|巣窟《そうくつ》だとは知らなかった。
「頭目。牛丸平太郎をつれてまいりました」
 若い男は、頭目四馬剣尺が待っている大きな部屋へ少年をつれこんだ。
 牛丸少年は、そこではじめて頭目なる人物を見た。
 華麗に中国風に飾りたてた部屋の正面に、一段高く壇を築き、その上に、竜の彫りもののあるすばらしい大椅子に、悠然と腰を下ろしているあやしき覆面《ふくめん》の人物は、四馬頭目にちがいなかった。
 その左右に、部下と見える人物が、四五名並んでいた。秘書格の木戸の顔も、それに交っていた。机博士のほっそりとした姿も、その中にあ
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