ャンの店内へはいって、老主人の名を呼んだ。
チャンの返事はなく、ただ籠の中で、小鳥がチチチと鳴いていた。
「どうしたんやろか、チャンさんは……」
「あっ、こんなところに倒れている」
店の奥に、老商は朱《あけ》にそまって倒れていた。心臓の上にピストルで撃ったらしいひどい傷あとがあった。そしてそのまわりには、服の上に焼け焦げが丸くできていた。もちろんチャンは絶命していた。誰が、いつの間に、老商をこんなに冷い死骸《しがい》にしてしまったのであろうか。
迷宮入《めいきゅうい》りか
かわいそうな万国骨董商チャン老人殺しのニュースは、たちまちこの港町のすみずみまでひろがった。
「なんというむごたらしいことをする犯人だろう。あの老人は家族もなく、さびしく小鳥と住んで、あの店をやっていたのに、ああ気の毒だ」
老人を見知っている人々の中には、こういってその死をいたむ者もいた。
「チャン爺《じい》さんは、あれでそうとうなもんだよ。こっちが売りに持っていった品物は二束三文《にそくさんもん》に値ぎりたおす。それをあとで磨きにかけて、とほうもない高値で、外国人などに売りつけるんだ。足もとにつけこむのは、得意中の得意さ。あんまりもうけすぎるから、こんどみたいな目にあうんだ」
そういって、にくまれ口をきく者もいた。
「いや、それは商売上手《しょうばいじょうず》というものだ。そんなことでなにも爺さんは殺されることはないんだ。ああして殺されたのは、爺さんがひどいことして集めた宝石の中に、おそろしい呪《のろ》いのかかっているダイヤモンドがあったんだ。それは元、インドの仏像《ぶつぞう》のひたいにはめこんであったのを、ある悪い船のりがえぐり取って、盗んでいった。そしてそれをチャン爺さんに売りつけた。するとインドの高僧《こうそう》が船のりに化《ば》けてはるばる取返しにきたんだ。爺さんはすなおに返さなかったもんだから、あのように、えいッと刺し殺された」
「ちがうよ。ピストルで撃たれたんだ」
「あ、ピストルか。ピストルでもいいよ」
「ほんとかい、その話は」
「つまり、そうでもあろうかと、わしは考えたんだがね」
「なんだ。ひとが事件に熱中しているのをいいことにして、うまくかついだね」
「とにかく、あの爺さんは、叩《たた》けばほこりがでる人物だ。犯人は永久に分らないよ」
たしかにそのとおり
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