のあとが、額の上から左眼を通り、鼻筋から、唇までに達していた。ものすごい斬《き》り傷《きず》であった。しかしその傷は、光線が彼の顔の上に、或《あ》る方向から照らしつけるときに限り、非常にものすごく見えた。
「その半分のメダルを見せて下さい」
 彼はおぼつかない英語で、そういった。
 老商チャンは、客よりは上手な英語で応対した。彼は、今日はこの黄金メダルに、妙に人気が集っているのに気がついて、上機嫌であった。それと共に、彼はゆだんをしなかった。
 刀傷のある船員は、黄金メダルを何十ぺんとなく裏表をひっくりかえし、またチャンから拡大鏡《かくだいきょう》を借りて、念入りに全体を検《しら》べてみたり、掌《てのひら》にのせて重さを測ったりした。そのあとで、
「これいくらで売りますか」と、老商にたずねた。
「四十万円です」チャンは、こういうのは金持ではないから早く追払《おっぱら》うにかぎると思って、かんたんに返事をした。
「四十万円ですか。私、千二百ドルで買います。千二百ドルなら五十万円以上にあたります。あなた、いい商売します」
 客はそういって、ポケットから米貨の紙幣をチャンの前へ並べだした。チャンは、近頃こんなにびっくりしたことはない。
「待って下さい。この品物は、実はもう売約ができていまして、さしあげかねます」
「いくらで売約しましたか」
「それは、あの……」老商チャンは、まさか正直に二十万円とはいいだせなかった。
 客は、紙幣を並べおえた。
「私、五十万円に買う契約、さっき、あなたとしました。私、買います。五十万円の高値でこれを買う人、私より外にありません」
「よろしい。売りましょう」
 チャンは、ついにそういった。二十万円に売るよりも五十万円に売った方が二倍半の大もうけだ。売約したあの婦人には、手つけの二万円の外に、あと五千円か一万円つけて返せば、文句はないだろう。そう思った老商チャンであった。
 客は、黄金メダルの半ぺらを持って、店をでていった。チャンは、受取った紙幣をもう一度数えるのに熱中していた。
 それから七八分あとのことだったが、万国骨董商チャンフー号の店先を通りかかった一人の少年が、不意に立ちどまって、さけび声をあげた。
「うわーッ。これは血やないか。店の奥から、えらいこと血が流れてきよるがな」
 その声に、近所の人たちがおどろいてとびだしてきた。そしてチ
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