では音楽浴後一時間というものがもっとも貴重であった。すべて重大なる仕事は、超人的能力をもってこの短時間のうちになされた。国防用の楯も滋養食料品も混合細菌も、すべてこの時間のうちに改良されるか、または新設計された。そしてこの時間がすぎると、あとは独創力を要しない労働に従事するか、または遊び、あるいは眠るのであった。十八時の音楽浴は、住民のことごとくを一時間大天才にすると同時に、あと二十三時間というものを健全なる国民思想にひきずるのであった。音楽浴の正体は、中央発音所において地底を匍う振動音楽を発生せしめ、これを螺旋椅子を通じて人間の脳髄に送り、脳細胞をマッサージし、画一にして優秀なる標準人間にすることにあった。目下のところ音楽浴には国楽第39[#「39」は縦中横]番が使われているがこれは博士コハクが大統領ミルキの命令により改良に改良を加えた国楽であって、所謂第39[#「39」は縦中横]型標準人間を作るに適した音楽であった。第39[#「39」は縦中横]型とは、大統領が国民はかくあらねばならぬというおよそ三十九カ条の条件を満足する標準人間の型なのであった。
その三十九カ条をいちいち列記することは差し控えるが、その条項中には、例えば一、大統領に対し忠誠なること、一、不撓不屈なること、一、酒類を欲せざること、一、喫煙せざること、一、四時間の睡眠にて健康を保ち得ること、一、髭を見たらば大統領たることを諒知すること、といったふうに大統領ミルキはなかなかやかましい条件を出してあるのであった。
博士コハクがこれを完成させたとき、大統領は有頂天になって悦んだものである。国一番の重罪人を試験台として試みたところ、たちまちミルキの希望どおりの模範人間に改造できたものだから、腰をぬかさんばかりに愕いたのも無理はない。そこで大統領はこの成功せる音楽浴をラジオをかけはなしにするように、二十四時のべつまくなしに国民に聞かせよと言ったけれど、それはコハク博士の反対によってとりやめとなった。なぜなら、この音楽浴は脳細胞を異常に刺戟するため、あまりかけていると脳細胞を破壊して人間は急死を招くからであった。だから現行法令のように、博士の意見どおり一日に三十分に限られることになった。しかし大統領は、何か折さえあれば、もっと長時間かけることにして、国民のたましいを完全に取りあげたいものだと思っていた。さっ
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