かってきた。
 博士コハクは受話機の前に出て釦をおした。鏡面に漣《さざなみ》がたったかと思うと、大統領ミルキの髭の中にうずもれた顔が浮きあがった。
「ミルキ閣下。ミルキ国万歳」
 と博士コハクは挨拶をした。
「おお博士、すこし内談をしたい」
 ミルキは髭をうごかして物をいった。
 博士は心得て、うしろを向いてペンとバラの両人に、隣りの工作室に行っているようにと命じた。
 二人は、机の上にひろげていた書類を両手にかかえ、逃げるように隣室の扉を押して出ていった。
「もう誰も室内にはおりませぬが、ご用の筋はどんなことですか」
「ああ、ソノほかでもないが、博士には敬意を表したい。博士の音楽浴の偉力によって、当国は完全に治まっている。音楽浴を終ると、誰も彼も生れかわったようになる。誰も彼も、同一の国家観念に燃え、同一の熱心さで職務にはげむようになる。彼等はすべて余の思いどおりになる。まるで器械人間と同じことだ。兇悪なる危険人物も、三十分の音楽浴で模範的人物と化す。彼等は誰も皆、申し分のない健康をもっている。こんな立派な住民を持つようになったのも博士のおかげだ。深く敬意を表する。……」
「閣下、どうかご用をハッキリ仰せ下さい」
「ウム」と髭がゆらいだ。「では言うが、君が目下研究中の人造人間のことだが、あれはもう研究をうちきったほうがよくはないかと思うのだ」
「人造人間の研究をうちきれとおっしゃるのですか。それはまた何故です」
「というのはつまり、十八時の音楽浴でもって、住民はすべて鉄のような思想と鉄のような健康とを持つようになったではないか。彼等は皆、理想的な人間だ。しからばこの上に、なお人造人間を作る必要があろうか。人造人間の研究費は国帑《こくど》の二分の一にのぼっている。そんな莫大な費用をかける必要が何処にあるだろうか。音楽浴の制度さえあれば、人造人間の必要はないと言いたい。博士、どうじゃな」
「閣下のおっしゃることは分ります。ひとつ考慮させていただきましょう」
「どうかそうしてくれたまえ。――おお、忘れていた。家内が君に逢いたいそうだ。今夜ちょっと来てもらえまいか」
「はあ承知いたしました。今夜二十時にうかがいます」
 隣りの工作室では、ペンとバラが熱心に計算をつづけていた。二人はお互いに気のつかぬほど仕事に熱中していた。ここでも音楽浴の効きめは素晴らしかったのだ。この国
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