呶鳴りはじめた。“隣りのアリシロ区では一人たりないぞ”という戒告だった。
 三人は座席の上から、言い合わしたように首を右へ向けてアリシロ区のほうを見た。そのとき扉が開いたと思うと、中から一人の男性が飛びだした。そしてすこぶる狼狽のていで、自分の座席に蛙のように飛びついた。
「ああ、あれはポールのやつだよ。あッはッはッ」
 と、ペンは笑った。
「あの廃物電池は、きっとまた自分で解剖をしていたんだわ。いやらしい男ね」
 バラはペッと唾をはいた。
 そのとき廊下一帯は、紫の光線に染まった。
 博士コハクは、むっくり頭を持ちあげた。
 そして二人の学員に向い、
「そォら、音楽浴だ。両手をあげて――」
 と注意を与えた。
 三人が六本の手を高く上げたとき、地底からかすかに呻めくような音楽がきこえてきた。
「ちぇッ、いまいましい第39[#「39」は縦中横]番のたましい泥棒め!」
 ペンは胸のうちで口ぎたなくののしった。
 第39[#「39」は縦中横]番の国楽は、螺旋椅子をつたわって、次第々々に強さを増していった。博士はじッと空間を凝視している。女学員バラは瞑目して唇を痙攣させている。男学員ペンは上下の歯をバリバリ噛みあわせながら、額からはタラタラと脂汗を流していた。
 国楽はだんだん激して、熱湯のように住民たちの脳底を蒸していった。紫色に染まった長廊下のあちらこちらでは、獣のような呻り声が発生し、壁体は大砲をうったときのようにピリピリと反響した。
 紫の煉獄!
 住民の脂汗と呻吟とを載せて、音楽浴は進行していった。そして三十分の時間がたった。紫色の光線がすこしずつうすれて、やがてはじめのように黄色い円窓から、人々の頭上にさわやかなる風のシャワーを浴びせかけた。
 音楽浴の終幕だった。
 螺旋椅子の上の住民たちは、悪夢から覚めたように天井を仰ぎ、そして隣りをうちながめた。
「うう、音楽浴はすんだぞ」
「さあ、早くおりろ。工場では、繊維の山がおれたち[#「おれたち」に傍点]を待ってらあ」
「うむ、昨日の予定違いを、今日のうちに挽回しておかなくちゃ」
 住民たちは、はち切れるような元気さをもって、螺旋椅子から飛びおりるのだった。
 ペンもバラも、別人のように溌刺としていた博士コハクのあとにしたがって、元気な足どりでアリシア区に還ってきた。

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 アロアア区から電話がか
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